浮気
そのうち帰ってくると思っていた綺羅羅だったが、仁志は一向に戻らずに一週間が過ぎ、大学内の話題となり始めていた。
父の晃の耳にも入り、彼が間に入って、綺羅羅が謝罪し、仁志は家に帰ってきた。
よほど激怒しているかと思ったが、仁志の顔はいつも通りだ。
「仁志君が子供を欲しがっているのは聞いていたが、留学の後でもいいだろう。今度の留学で成果を出せれば世界に名を売れるぞ」
「いや、子供が産まれていれば留学は辞退するつもりでした」
晃の慰めるような言い方に仁志は冷たい返事をする。
そう言われると返す言葉もない。
綺羅羅に散々に言い聞かせて、父母は帰る。
家出の間、当てつけに遊び歩いていたのかと思いきや、仁志は大学に泊まり込んで研究に没頭していたようだ。
「なんで、そこまで研究に打ち込むの?」
綺羅羅の問いかけに仁志は少し考えてから答えた。
「敵討ちだからかな。
昔は大切な人を殺されたら仇を取るまで帰ってこられなかった。
僕にとってはこの病気が仇のようならものだ」
「へー。
身内の人でもこの病気でなくなったの。
それでも留学より子供が大事なんだ」
「まあ、そんなところだ。
さて、こうなっては仕方がない。
アメリカに二、三年行ってくるよ。
君はついてこないのだろう」
「私も自分の生活があるから、こっちにいるわ」
「その間に思い残すことなく遊んでおいておくれ。帰ってきたら僕たちは親になるのだから」
仁志が出発すると、綺羅羅は気が抜けたようになった。
仁志との生活は色々とあり、気が張ることが多かったのだと感じる。
心の隙間につけ込むように、昔の恋人が寄ってきた。綺羅羅のことが忘れられないと囁く。
(アイツが帰ってきたら子供を作って遊べなくなる。
それまでの遊び相手にいいか)
綺羅羅は見目の良いその男を連れて、あちこちに遊び歩き、夜の相手もさせた。ちゃんと避妊すれば問題はない。
遊び慣れたその男はちょうど良い相手だ。
綺羅羅の遊びと浮気があちこちに知れ渡り、父の耳にも入る頃、綺羅羅は青くなっていた。
生理が来ない、ずっとピルを飲んでいたはずなのに。
「ピルならビタミン剤と入れ替えておいたよ。
子供ができたら離婚だよね。
僕のものになってくれるね」
「誰がお前みたいなつまらない男の女になるか!」
澄ましてさう嘯く男の顔面を殴りつけて、家から追い出すのと同時に両親がやってくる。
「この馬鹿が!
いつまで学生のつもりだ!
仁志君は向こうでも凄い成果をあげて、評判になっているぞ。
これが知られないうちに早く中絶しろ!」
「前はするな、今度は中絶しろと勝手なことばかり言って!私の身体よ、私の好きにするわ」
言い争う親子の下に仁志の代理人という弁護士がやってくる。
持ってきたのは浮気の証拠と離婚用紙。
浮気相手の妻から送られたらしい。
「おい、どうする?」
狼狽する父を見ながら、離婚を突きつけられて綺羅羅は仁志という普通でない男に未練があることを自覚した。
まもなく帰国する仁志と会って話し合いを持つこととし、綺羅羅は中絶の手術を受けるが、油断している間に胎児は大きくなっており、術後の体調は良くなかった。
医者からはおそらく今後子供は望み薄だと言われ、綺羅羅は絶望的な気持ちになる。
(あの男のせいよ!)
八つ当たりと知りながらも誰かに怒りをぶつけたかった綺羅羅は、父に頼んで、浮気相手の粗探しをして、免許を取り消させ医者の世界から追放した。
離婚され、実家からも縁を切られた男はホストとなるが、女の取り合いで刺され、命を落とすこととなった。
綺羅羅はなんと言おうかと思いながら、仁志の帰りを待つ。