結婚
「榊原くん、少し良いかな」
最近大きな論文を発表し、医学界の話題を攫った仁志は医学部研究室の教授に呼ばれた。
「君の研究発表は素晴らしい反響だ。
この研究をうまく続けていけばノーベル賞級の成果につながるかもしれない。
さすがは数十年に一人の俊才と言われるだけはある」
仁志の成果は指導教官である教授の成果でもある。
教授は褒めちぎった後に、話題を変えた。
「ところで、君はまだ結婚していなかったな。約束した相手はいるのかね」
「研究が忙しくてそれどころではありませんでした。そろそろ親からも催促されているので探そうかと思っています」
「ならばいい話がある。
君もこれから研究を進めるのなら、研究成果だけでなく、資金を集めたり、人脈が必要なことはわかっているだろう。
君の家はサラリーマンで、親や親族の助力は望めない。
ならば頼りになる妻の実家が必要ではないかな」
そう言って見せられたのは、目鼻立ちがはっきりした派手な美人の写真と身上書。
「瀬田病院のお嬢さんの綺羅羅さんですか。
それはまた大物ですね」
瀬田病院といえば首都圏でいくつも病院を経営する有名な医院である。
「来週の日曜、国際ホテルで見合いだ。
先方の病院長の晃とは大学の同期でよく知っている。学会で君の発表を聞いて気に入ったようだ。
よく売り込んでおいたからうまくやってくれ」
仁志の都合も聞かずに一方的に話を決めて、教授は立ち去る。
「結婚か・・」
仁志はスマホを出して写真を見る。
「みゆき、お前、本当に娘になってくれるのだろうな。天国で産まれるのを待っているのか?」
みゆきでなければ誰でも同じ。
ならば条件の良い女と結婚するだけだと心で思う。
約束の日、仁志は瀬田家の家族と会っていた。
(これは見合いというよりも面接だな)
父の晃をはじめ、母親、兄、綺羅羅すべて医者である。
彼らから研究のこと、成績、健康、実家、これまでの異性関係などなど事細かく尋ねられる。
さらに医学関係の人事、学界のゴシップ、病院経営に関することまで話題はあちこちに飛ぶが、仁志は難なくこなしていた。
みゆきが亡くなってから仁志は本気で喜怒哀楽を感じたことがない。
みゆきと最後に話したところで時が止まり、その後は現実が夢か画面の向こう側のように思える。
現実で無ければ本気になることもない、仁志はゲーム感覚でいつも第三者のように冷静に最善手を打つことができた。
今もこうすれば相手は気にいるだろうという受け答えをしていただけだが、瀬田家の一同はとても満足したようだった。
「あとは当人同士で話をしてみなさい」
と晃達は去り、仁志と綺羅羅だけが残された。
「あなたのことはしっかり調べたわ。頭脳明晰、眉目秀麗、医学界の次代のエース、凄い評判よね。
おまけに品行方正で、趣味はランニング。大学に入ってから女の子と付き合ったこともないようね。
よほど堅苦しい人かと思ったけれど、話はうまいし、なかなか捌けているわ。
あなたなら結婚してあげてもいい。
お父さん達も望んでいるし。
ただし、私はずっと彼氏がいたからね。過去に拘るならお断りよ。
そして我が家の条件はあなたが一流の学者になって我が家に箔を付け、利益をもたらすこと。その代わりにあなたを支援しましょう。
私の条件は浮気をせずに、私を束縛しないこと。
私も医者になり、瀬田グループの一角を担う。
私は仕事も遊びも全力でするの。
他人の為の家事なんか大嫌い。
内助の功なんかは期待しないで」
捲し立てる綺羅羅を見て、仁志はクスッと笑った。
「何がおかしいの!」
「美人は捲し立てても絵になるものだと感心していたのさ。
いいよ。お互いにメリットがある契約だ。
僕の条件はただ一つ。
僕の子供を産んでくれ。
君が育てるのが嫌ならば僕がなんとかしよう。
だから子供を産んで欲しい」
仁志の言葉は意外だったのか、綺羅羅は目を丸くする。
「もちろんよ。父や母も期待しているわ。
でもサバサバと達観しているような貴方がそんなに子供に拘るとは意外ね。
まあ、いいわ。
育てるのはわからないけれど、あなたの子供を産んであげる。
これで契約成立ね」
それから三ヶ月後、仁志と綺羅羅は盛大な結婚式を挙げ、仁志は瀬田を名乗ることとなった。