最愛の人との別れ
榊原仁志は、呼ばれた病室で呆然としていた。
幼馴染にして将来の結婚を誓った恋人、多磨みゆきが蒼白い顔でベッドに眠っている。
「仁志くん、お医者さんがみゆきを診て、会わせたい人がいれば早く会わせるようにと言ったの。
みゆきは仁志くんに会いたいと・・」
みゆきの母であるおばさんが、泣きながら話している。
言葉は聞こえるが意味がわからない。
初詣でずっと一緒にいようと言ったじゃないか!
確かにみゆきはずっと持病で入退院を繰り返していた。
でもここしばらくは落ち着いて、あちこちにデートも行けたのに、どうしてこんな急に容態が悪化していたのか。
仁志は、みゆきの主治医となって病気を治そうと医学部に行くために猛勉強していてしばらく会っていなかった。
「もっと早く呼んで欲しかった」
仁志がポツリと言うと、みゆきが目を覚ます。
「もうすぐ受験でしょう。
気が紛れると困るから呼ばないように頼んだの。
だけど、私ももう会えなくなりそうだから、受験の直前だけど来てもらったのよ。
ごめんなさいね」
途切れ途切れに言葉を吐き出すみゆきに仁志は縋り付いて涙を流して手を握る。
「受験なんてどうでもいい。
お前がいなければ大学に行く意味もない。
僕はお前と一緒にいることだけが望みだ・・」
「ふふっ。
こんなに大きくなっても昔と同じで泣き虫ね。
仁志のご飯を作って、洗濯や掃除をして上げられれば良かったのになぁ。
もうダメみたい。
立派なお医者さんになっていい奥さんを見つけてね」
「みゆきが死ねば僕は死ぬまで一人だ!
天国で待っていて」
そう叫ぶ仁志に、みゆきは顔を曇らせる。
「困ったわね。
そうだ、いいことを思いついたわ。
仁志のお嫁さんにはなってあげられないけど、代わりに娘になってあげる。
神様に頼んで、仁志の子どもに生まれ変わらせてもらうわ。
だから、ちゃんと結婚して家庭をもって幸せに暮らして。
約束よ」
みゆきは仁志の指を取って、指切りをした。
その痩せ細った指や手を触り、仁志はみゆきの死が近いように感じてまた泣いた。
「じゃあ、もうお別れと次に会う約束をしたから帰っていいわ。
受験生は勉強しなきゃ。
私ももう眠いわ」
そんなことを言われても恋人のこの状態を見て、帰れるわけがない。
しかし、着の身着のまま走ってきた仁志は、一旦帰って着替えなどをもって泊まり込もうと部屋を出ようとする。
「仁志、さようなら。
違うわね。see you later」
「ああ、see you later」
そして急いで再度来訪した仁志が見たのは、みゆきの亡骸に取り縋る彼女の両親であった。




