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番仙奇譚  作者: 秋尾 萩
髪切りの話
5/51


「ん、ん、あー、少し話がそれたが、改めてホームルームを始める。まずは皆の自己紹介と、学級委員長を選んでもらう。なぜか時間が少し押しているから巻きで頼む。では、そっちから順に」

 少しか?そしてなぜか時間が押しているらしい。

 何事もなかったかのように廊下側の一番前の生徒を指差し、自己紹介が進んでいく。


 そして剛毅の番になった時、 

「わしは巌流院剛毅!この学校の頂点に立つ男じゃ」

「待て」

 闇子からツッコミが入る。

「ん?なんじゃ」

「なんじゃ、じゃない。お前白鳥だろう?白鳥夏美(しらとりなつみ)。なんだ巌流院って。百歩譲って親の離婚とかで苗字が変わるんならともかく、お前名前まで変わってるじゃないか。どういう事だ?あと、教師に対する言葉遣いをもう少しなんとかしろ」

「……」

「……」

「先生さんよ。それは昔の名前じゃ。今のわしは巌流院。巌流院剛毅じゃ」

「昔の名前って、お前、そんな簡単に変えられる訳ないだろうが。いいからちゃんと名乗れ」

「それはできん。わしはもう巌流院剛毅。それが全てじゃ」

 渋い顔で眉間を押さえる闇子。

「……あとでじっくり話し合おう。……なんでこんな面倒な奴の担任に……」


 生徒たちはひそひそと、

「白鳥……」

「夏美……」

 そしてそれ以後は特にトラブルもなく自己紹介は終わる。


「では次は学級委員長だが、誰か立候補は?」

 そう言ってクラスを見渡す。

 勢いよく手が挙がり、

「わしがやる!」

闇子は完全にそれを無視して、

「なに、学級委員長といっても授業の号令やちょっとした雑用くらいだ。大したことはないぞ」

 雑用をさせられると聞いて、やりたがる生徒はいないだろう。

「先生さんよ、わしがやると言うとるんじゃが」

 どこまでも無視する。

「しかたない、じゃあ私が独断で決める。拒否権はなしだ」

 ひどい横暴である。当然ながら生徒達からブーイングがあがる。

 生徒たちの顔を見回しながら、

「ん~、よし。お前。委員長顔だな。委員長に決定」

 桃香をビシッと指さす。

「ええっ!?そんな!わ、わたしそんなの……」

 闇子は面倒くさそうに桃香に近づき、何事か耳元でささやく。

 桃香の顔を見て、ニヤニヤと笑う。

「!」

 お互い顔を見て、うなずく。

「や、やります」

「うむ、そう言ってくれると思っていたよ」

 嬉しそうに微笑む闇子。

 いったい何があった。

 

「ついでだから副委員長はお前が決めろ。力仕事もあるかも知れんから男子にしろ。大丈夫、拒否はさせん。好みの男子を選ぶといい」

 ちょっとした雑用のはずが力仕事もあるようだ。

「そんな言い方されたら余計男子なんか選べませんよ!」

「そうか、じゃあ私が決めようか。ん~、じゃあしらと……」

「わたしが決めます!!」

 力強く遮る。当然であった。

 戸惑いながらも周りを見渡す。ほとんどの男子が目をそらす。そんな中、こちらを見ている男子は2人だけだった。巌流院剛毅こと白鳥夏美、そしてもう1人は後ろの席で、たまたま目が合った眼鏡の男子。紅だった。二択の様でありながらも実質は一択だった。

「あ、えっと、あの副委員長、やってもらえます、か?」

 紅は、一瞬少しだけ困ったような顔をしたが、

「あ、はい。よろしくお願いします。」

と、思ったよりあっさり引き受けてくれた。

 それを聞き、嬉しそうに微笑むと、立ち上がりクラスを見回して挨拶をする。

「あ、えっと、そんな訳で委員長をやることになった前野桃香です。よろしくお願いします。」

 それを見た眼鏡の男子、紅も立ち上がる。

「黒森紅です。よろしくお願いします」

 自分に回ってこなかった事を喜んだ生徒達が拍手をする。

 なぜか有海だけはふくれっ面をしている。


 席について桃香は申し訳なさそうに話かける。

「ごめんね、黒森君。こんな流れに巻き込んじゃって。あとさっきのはそう言うことじゃないからね?」

 少し焦り気味に言い訳をする。


 少し気が弱そうで、すごいイケメンという訳ではないが優しそうな顔をしている。まだ性格はわからないが、さっきのチャラそうな男子たちより真面目そうだし、あの暑苦しい番長(候補)と比べたら、特殊な趣味の子以外は間違いなくクラスのほとんどの女子がこっちを選ぶだろう。おそらく女子はこの判断を支持してくれるはずだ。それに何より眼鏡である。

「大丈夫だよ?お互いまだ、分からないことばかりだけど、これからよろしくね」

(先生、本当に見た目で選んだんだな……)


 桃香の身長は有海と輪の中間くらい。150cm半ばくらいだろう。両側に垂らした三つ編みの黒髪に優しそうな表情。ひと昔前の絵に描いたような委員長っぽい見た目をしている。

眼鏡をかけて有海や輪とはかなり雰囲気が違い、二人に比べるとずいぶんと大人しそうな子である。こちらもほっそりとしており、慎ましい体つきである。

(本人は上半身に比べややおしりが大きいのを気にしているが、それは本人だけである)



 世の中には【貧乳】、という非常に差別的で侮辱的な言葉が存在するが、彼女たちは貧しいのではない。慎み深いのである。慎ましい、とは遠慮深い、控えめでしとやかな様子を表す。

 例えば宝石は大きいから美しいのだろうか?否。もちろん大きい宝石には大きい宝石の美しさがある。それは間違いのない事だろう。しかし握り拳のようなダイヤが付いた指輪をはめた女性を見て、人はそれを美しいと思うだろうか?宝石の美しさは大きさでは無く、その色、形、輝きにある。細い指輪には小さい宝石が似合う。大きくても小さくても、宝石はその美しさにこそ価値がある。

 巨の対義語は貧ではない。そして人のことを貧しい、などと言う者の心こそ貧しいのではないだろうか? 

ついては本物語において、彼女たちの様に可能性に満ちたお胸の持ち主の事を【貧乳】とは表現せず、【慎乳(しんにゅう)】や【慎ましい】と表現することを先にお断りしておく。




「よし、それでは朝のホームルームはここまでだ。今日の午前中は今後の説明や選択科目の登録など手続きだけだ。午後からはクラブ紹介があるので体育館に集合だが、昼休みの後にお前たちの先輩が各クラスに回ってくる。その時には必ず教室に居ろ。」

 この後の資料を配りながら闇子が言う。

「それともう一つ大事な連絡だ。クラブ紹介の後はそれぞれクラブ見学で各々帰宅だが、最近市内、だけでなくかなり広い範囲に通り魔が出ているらしい。警察や各校の番長たちも見回りを強化しているが未だ犯人は捕まっていない。ニュースで知っている者もいると思うが女性の髪を切る変態らしい。怖がる姿を見て喜んだり、気づいたら髪を切られていた場合もあるようだ。特に髪の長い女子は、人気の無い所で一人にならないように気を付けろ。なんなら気に入った男子がいたら家のそばまで護衛させろ。男子に拒否権は認めん。以上だ」

 それを聞いた女子たちは不安そうな顔をしたものの、一部の女子は何人かの男子をチラチラと品定めし始める。どうもこの教師、男女をくっ付けたがる節があるようだ。

 連絡事項を伝えた闇子は教室を出て行った。それを追いかけて紅も廊下に出ていく。行きたくはないが、副委員長になった以上ある程度クラスメイトの面倒も見る必要があるだろう。


「先生、すいません」

「ん?黒森か。どうした?副委員長の拒否は認めんぞ?」

「いえ、それはいいんですが、朝のアレ……」

「アレ?……ああ、あの事か」

 何のことか少し考えて、それに思い当たり闇子は笑う。

「毎年ああいうお調子者の馬鹿がいるんだ。特に私みたいな若い女教師は舐められるからな。私みたいな若い女教師は。あれくらい脅しておけば、調子に乗らないだろう。早いうちに他のクラスにも伝わったら、あんな演技を何度もしなくて済むんだが」

 大事なことを2回言ってそう教えてくれる。

 そして、どうやらあれは演技だったらしい。式場の下見のくだりなどは非常にリアルだったのだが、あくまで演技ということだ。

「もうしばらくは内緒だぞ?」

 そう言って闇子は紅にウインクする。

(案外可愛らしい人だな)

「さ、もう戻れ。それともお前もプロポーズしてくれるのか?」

「あ、いえ、それは大丈夫です」

 デコピンされた。


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