98:フルーツパイ
扉の向こうで、中を伺っている人物は……。
珍しい黒髪に、髪と同じブラックパールの瞳。
高い鼻に血色のいい唇。
肌は雪のような白さで、真っ白なシャツにワイン色のタイ、オフホワイトの上衣にズボン、シルクサテンのベストは落ち着きのあるボルドー色。ダークグレイのマントを留めているのは……ガラス玉! このお店で売っている、青空を思わせるガラス玉を、マントの留め具に使っている。
間違いなく、このお店の顧客だ。
しかも着ている衣装はとても上質。
年齢としては、ランスやロキと同じぐらい見えるが、きっと貴族のご子息だろう。
このまま返していいのかしら?
店を見る限り。
とても繁盛しているとは、言い難い。
店内にいるのは私だけだが、なぜ私が店内にいて、自分が入れないか不明。
これで貴重な貴族のお客さんが不快な気持ちになり、二度とこのお店に来なくなったら……。申し訳ない。ひとまず店に来た理由を聞き、内容によっては、ファブジェ氏を呼びに行こう。
そう思い、扉に向かい、鍵を開ける。
「良かった! 扉が壊れたのかと思いましたよ。このお店、見ての通り、今にもつぶれそうでしょう?」
落ち着いた見た目と反し、ハキハキした声と話し方だった。ペンダントについて深刻に考えていた気持ちが、上向く気がした。
「すみません。鍵をかけていたのです。ファブジェ氏と私の連れが地下の工房で探し物をしていまして。店内で女性一人になるのは危険だからと、鍵をかけていたのですが……。今日はお買い物ですか?」
「ああ、そうだったのですね。それは失礼しました。あなたのような貴族の女性が、こんな奥まったお店で一人では、確かに心配ですよね。僕はブラック・バーナードと申します。実業家であちこちを旅して回っていて、この街には二週間ほど、滞在予定です。先日、こちらのお店を偶然見つけまして。まあ、手前の飲食店で、飲んで気分がよくなって辿り着いたら……。素敵でしょう、これ」
ブラックは、自身のマントのガラス玉を示す。
「ええ、とても素敵です。留め具に使うというアイデアも、素晴らしいと思います」
「気に入ったので、土産でいくつか手に入れたいと思い、足を運んだのですが……取り込み中なら仕方ない。ここに近いホテルに泊まっていますから、また来ます」
快活に言うと、ブラックは私にお辞儀をして、そのまま立ち去ろうとした。だがふと立ち止まり、振り返った。
「そうだ。これをね、店主への差し入れで持ってきたのですよ。この季節で定番のフルーツパイ。刻んだフルーツがたっぷり入っていて、美味しいんですよ。“王都で一番のフルーツパイ”と謳っているお店を見つけたので、買ってみました。一口サイズで食べやすい。店主に渡すだけでは勿体ない。お一つどうですか?」
ブラックは手にしていた紙袋を胸の前に持ってくると、つけていた手袋はずし、まずは自分で一つ頬張り、私にも一つ差し出した。
「あ、ありがとうございます」
シナモンの香りがふわっと漂い、サクッとしているが、中にはしっとりしたリンゴと干しブドウ。確かに美味しかった。
私が笑顔になると、ブラックも笑顔になり、私の手に紙袋をのせた。
「ではこれ、店主に渡してください。『また来ます』と伝えてもらえれば」
そう言って立ち去るブラックは、実に気持ちのいい好青年。
最後まで店の中に入ることなく、紳士的に対応してくれた。
何もせずに追い返すことをしなくてよかった。
彼ならきっと、おみやげ用にたくさんのガラス玉を、購入してくれることだろう。
扉を閉め、鍵をかけ、カウンターに向かった。
まだ底が温かい紙袋をカウンターへ置く。
思いがけずフルーツパイを食べたことで、お腹がすいて来ていた。
それにチラリと外を見ると、とっくに日は落ちている。
カウンターの壁時計を見ると、もうすぐ17時だ。
そろそろ帰らないと、ランスが心配していそうだわ。
そう思ったまさにその時、ロキとファブジェ氏の声が聞こえてきた。
「! シナモンの実に美味しそうな香りがするぞ。アリー嬢、魔法でおやつでも用意してくれたのかな?」
「いえ、違います。実は……」ということで、早速、ブラックについて話す。するとファブジェ氏はすぐに「ああ、あの紳士ですね!」と顔がほころぶ。
どうやら特徴を聞いただけで、すぐに誰か分かったようだ。
「あちこちを旅する実業家の方だそうですが、とても気持ちのいい方で。つい話し込んで楽しい時間を過ごさせてもらったのですが……。そうですか。これを差し入れで。優しい方です。あ、よかったらお二人もどうぞ」
ロキは喜んで受け取り、私は実はさっきいただいたと答え、ファブジェ氏は「そうでしたか」と答え、自身もフルーツパイを頬張る。
このフルーツパイを食べたことで、なんだか三人とも和んだ気がした。
「今日はご協力いただき、ありがとうございます。せっかくなので自分と友のために。こちらのガラス玉を、買って帰ります」
ご機嫌のロキは自身と私とランスのために、ガラス玉を購入し、店を出た。
【本日新作公開】心温まるハッピーエンド!
『悪役令嬢は我が道を行く
~婚約破棄と断罪回避は成功です~』
https://ncode.syosetu.com/n7723in/
乙女ゲームとは何ですかね? 悪役令嬢とは何でしょうか?
よく分からない世界で目覚めた私は、ゲームからの指示を一切無視し、我が道を進んだ結果。
無自覚に婚約破棄と断罪回避に成功します。
なぜ彼女はそこまで我が道を進むことができたのか、それは――。
ハッピーエンドのその先に待つ、心温まる本当のラストとは!?
師走の忙しい時期、ささくれた心に、ほんわかと灯る優しさを……!
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