96:一つとして同じものは
「当時ものなんて何も残っていませんよ。全部、王立ローゼル聖騎士団に押収されましたから」
「そうでしょうね。それでも何か残っていないか、確認をしたいんですよ」
「十八年も前ですよ? 残滓すら残っていないと思いますが。店の場所も変わりましたから」
ロキに協力を要請されたファブジェ氏は、しぶしぶという感じで応じている。
「ナイト・スカイ」事件が発覚した経緯。
それは「残滓」による魔力の発見だ。
聖騎士には、ランスのような突然変異の力を持つ者が稀に現れるという。でも頻繁に現れると、それは当たり前の力として認識されてしまうが、その力については、今が過渡期。
その力は魔力の残滓――すなわち魔力の残りかすを、感知する力だ。
ロキはこの魔力の残滓を、感知する力を持っていた。
魔力の残りかすなんて、どんなものであるのか。
ロキに尋ねたところ、魔力というのは、砂のように見えるらしい。魔力を使うと、その砂粒が辺り一面に散らばっている。ロキにはその砂粒が、見えるのだという。
散らばる魔力は見えるが、込められてしまった魔力を見ることはできない。砂のような魔力は、込められてしまうと、その物や人に吸収され、見えなくなってしまうのだ。
アツアツのリゾットに粉チーズをふりかける。リゾットの上にかかったチーズはとろけて見えなくなってしまう。でもお皿の外にこぼれた粉チーズは見える。そんな感じだと、ロキは教えてくれた。
さらに砂粒の量が多いと、その魔力が使われた時の景色も見えるというのだから、これはすごい力だと思ったが。
「でも魔力を持つ人間なんて、そうはいない。特に、シャドウマンサー<魔を招く者>が排除されてからは、クルエルティ・ヴィランも派手に動くこともなくなった。それにそんな子供が生まれても、家族や親戚は隠そうとする。よってあまり活躍する力でもないのさ」
そうロキは言っていたが。
ロキがデュアルナイトに選ばれたのは、弓の腕が秀でていたことは勿論、残滓を感知する力を持ち合わせていたことが、高く評価されたためだとランスは教えてくれた。この力を持つ者は、現在の王立ローゼル聖騎士団では、三人しかいないという。
十八年前の「ナイト・スカイ」事件が起きた当時、残滓を感知する力を持つ聖騎士は、何人いたかというと……一人しかないなかった。それがクリフォード・ヒュー・シアラー。つまり、シアラー団長だ。
当時はまだ団長ではなかったが、彼はペンダントが収められた箱に散らばる魔力の残滓に気づいた。その結果、聖女の元に、そのペンダントとピアスは、届くことがなかった。
聖女に届くことがなかったペンダントとピアスは、その後、どうなったのかというと……。
「店に戻ってくることはなかったですよ。それこそ、王立ローゼル聖騎士団に、保管されているんじゃないのですか?」
「証拠品ですが、危険ですからね。記録をとったら廃棄ですよ。燃やす。普通はね」
ファブジェ氏に問われ、ロキが答えている通りだった。
押収された、特に魔力が込められたものは、もし流出したり、盗まれたりしたら、危険だ。よって調査が終わると、焼却処分された。その方針は、十八年前も今も、変わらない。そうランスが馬車の中で教えてくれた。
「知識がなくて申し訳ないのですが『ナイト・スカイ』シリーズとして作られたペンダント、ブレスレット、髪留め、ピアスというのは、一点ものですか? 試作品や製作過程の中でいくつか同じものを作ることはなかったですか?」
「ガラス玉ですからね。一つ一つを手作りしています。ガラス玉に同じものはありませんよ」
至極当然の答えを返したファブジェ氏だったが、こう続けた。
「『ナイト・スカイ』シリーズとして、四点の宝飾品を作ろうとした。それぞれで複数のガラス玉を使うことになる。そうなると『ナイト・スカイ』シリーズのために、百点ぐらいのガラス玉を用意したはずです。その中から選りすぐったガラス玉を使い、『ナイト・スカイ』シリーズを完成させたはずですから」
ロキは「それはつまり……」と腕組みをして、尋ねる。
「宝飾品自体は、一点ものとして作られた。でも使われたガラス玉は、複数用意されたわけですね。そのガラス玉さえ手に入れば、『ナイト・スカイ』シリーズの模倣品は、作ることができたと?」
「ええ、そうなります。それに一点ものとして作りましたが、試作品がなかったわけではありません。同じぐらいの出来栄えのガラス玉を使い、それぞれ二点ずつ、完成させました。でも献上品をどちらにするか。決まったら、もう一つは破棄ですよ。そうして一点ものとして献上するわけですから」
そこでファブジェ氏は、補足する。
「破棄しますけど、金属は、ゴールドは再利用しますよ。ガラス玉をはずして割る。でもゴールドは溶かして、再利用です」
「まあ、それが妥当でしょうね。……しかしこんなに美しいガラス玉を割って処分するとは。勿体ないですね」
ロキは再び棚に置かれた美しいガラス玉を手にとる。
「百点ほど用意され、試作品も作られ、『ナイト・スカイ』シリーズとして完成したものをのぞき、ガラス玉はすべて割られ、処分したのですか?」
問われたファブジェ氏は無言だったが、重い口を開く。
「すべてのガラス玉の破棄は、終わっていなかったと思います。残っていた『ナイト・スカイ』用のガラス玉は、まだ当時の店の工房にはあったでしょう。でもそれも含め、押収されたはずです」
カウンターに置いてを組んだファブジェ氏は、視線を落とし、話を続ける。
「正直、わしは接客中に連行され、何日も拘留され、尋問されました。開放され、店に戻ったら、工房なんてもう……。ひどい有様ですよ。だから本当はどうなったのかなんて、分からないです。あなたはお若いから当時を知らないのでしょうが、わしぐらいの年齢の聖騎士に聞けば、どうなったのか知っているんじゃないですか?」






















































