78:怒り心頭
せっかくなのでドレスに着替えたいところだったが、それでは時間がかかってしまう。それに宿のスタッフに聞くと、私が着ていたドレスはボロボロだった。それは……そうだろう。草むらを動き回り、倒れたり、転んだりを散々したのだから。それでも洗濯をしてくれているというのだから……頭が下がる。
ただ、修繕するには時間もかかるとのこと。そこで天気の急変に備え、念のためで持参していたラベンダー色のワンピースに着替え、食堂へ向かうことにした。
部屋を出て食堂へ向かうと、そこに沢山の聖騎士がいた。
皆、一斉に私に差し入れの御礼を言ってくれる。
しかも。
「いずれランス様の婚約者になる方とお聞きしています。こんな場所までランス様を訪ね、そして皆のために手作りの料理やお菓子を差し入れてくださるなんて。ランス様が聖騎士を辞しても、アリー様と結ばれたいと願う気持ち。強く共感できます。お二人が結ばれること、幸せになれるよう、応援しています」
一人の聖騎士がそう言えば、他の聖騎士も同意を示し、口々に私を誉め、ランスの選択を尊重し、そして二人の幸せを願ってくれる。
冷静に考えれば、こんな場所まで差し入れにくるなんて、普通なことではない。さらに今回のような事件も起きてしまった。こうなったら隠し切れなかったのだろう。ランスはあっさり、いずれ聖騎士を辞めたら婚約する相手だと、私のことを皆に紹介してくれていたようだ。
皆に自分を紹介してもらうために、ここへ来たわけではなかった。でも結果として、そうなってしまったことは……申し訳ないな、と思う。その一方で皆に紹介してもらえたことは……嬉しかった。
同時に。
ランスの決意が固いことを知る。
例え次期団長候補であっても。グランドナイトの称号を持つ一人であっても。
彼は私を選び、聖騎士であることを辞める覚悟ができているのだと。
ランスのことを諦めよう、メイドとしてそばにおいてもらおう。
そんな風に考えてなくていいのだと、噛みしめることになった。
「アリー嬢、目覚められたか! 顔色も……食事をとれば、今より良くなるだろう。まずは食べることが先決だ」
既にテーブルに座っていたロキが、運ばれてくる料理を取り分け、私の前に並べてくれた。
野菜たっぷりのシチュー、焼き立てのパン、豆のサラダ、魚のソテー。どれもいい香りがして美味しそうだ。
隣に座ったランスと共に祈りの言葉を捧げ、早速食べ始める。するとロキが、私を襲った酔っ払いについて教えてくれる。
「アリー嬢を襲った男、名前はキースというが、今は留置所で事情聴取を受けている。この後、アリー嬢に警察が話を聞きに来るが、俺も立ち会うし、手短に終わらせるから、安心してくれ」
「ロキが殺すなというから、両肩を射抜くので収めたが……。あの男には、どんな罰が与えられる?」
ランスは……冷静沈着で、慈悲深いはずだが、キースに関してはあくまで非情だ。
「アリー嬢の身分は、まだ修道女だ。この国では神に仕える修道女を強引に襲うと、去勢された上で、強制労働に就くことになるが……。今回は幸いなことに、未遂で済んでいる。だがアリー嬢は怪我をしているからな。それに聖騎士として、俺とお前とで、それぞれの家名をかけて抗議している。未遂だから去勢はなくても、強制労働は免れないと思うぞ」
ロキの言葉を聞いたランスは大変不服そうな顔をして「強制労働ぐらいでは、許す気にはなれないな」と冷たく言い放つ。
「ランス、この国が課す強制労働は、かなり厳しいと思うぞ。鉄道を通すための山でのトンネル掘り、交易船に乗り蛮族がいる国に向かう、北方の海で巨大魚を追う遠洋漁業船に乗り込む……どれも危険で過酷で、死者も多数出る」
そうロキは伝えるが、ランスは許す気はないようで「魔物をおびき出すための、囮に使いたいぐらいだ」と怒っている。そのランスを「まあ、まあ」とロキはなだめ、この後の予定を尋ねる。
「この後、他の聖騎士同様、仮眠をとり、23時過ぎに宿を出る。初日もそうだったが、廃城に出る魔物は、夜更けを好むようだからな」
「強い魔力を発した魔物の痕跡は、何かあるのか?」
パンを頬張るロキに、ランスは魚のソテーを美しく口に運びながら答える。
「いや、初日以降はない。ただ、収穫がゼロなわけではない。彷徨ってやってくる魔物は、ゼロではないからな。それは討伐している。どこだってそうだが、魔物が寄ってきやすい場所というのがある。そしてあの廃城は、負の遺産だ。魔物が好む。まさに魔物が寄り付きやすい場所。ゆえに完全な魔物ゼロ地帯にするには、あの廃城を壊す必要がある」
そうだったのね。それは……知らなかった。でも廃城であり、過去に沢山の死者を出し、牢獄として機能していたのなら……。確かに魔物が好みそうだ。
「でもそんな場所でも、建物を壊さずに、魔物が寄り付かなくなる方法があると」
ロキの言葉に思わず「そうなのですか!?」と尋ねてしまう。
するとロキは魚のソテーをパクリと食べ、その方法を教えてくれる。
「ああ。ランスが倒したビースト・デビルベア。魔物の四天王。あのランクの魔物を倒すと、痕跡を残すことができる。つまり討伐された魔物の痕跡として、死の香りが残るわけだ。よって他の魔物は、その一帯から逃げようとする」
それはつまり……。
ロキの言うことを理解しようとするが、彼は分かりやすく説明してくれる。
「魔物にも縄張り意識のようなものがあるからな。ここにはビースト・デビルベアがいる――というのは、他の魔物も分かっていた。いたはずのビースト・デビルベアがいないということは、倒されたということだ。あのビースト・デビルベアを倒すような輩がいる場所は危険だと、魔物はしばらくその辺りに寄り付かなくなる」
「それは納得できる話です。でもそれは、そのランクの魔物がいる――という前提ですよね? あの廃城に、ビースト・デビルベアランクの魔物がいる可能性は……」
ロキに問いかけながらも、私は気づく。
いるんだ。ランスでさえ、何かいると感じたと言っていた。
「いると踏んでいるのだろう、ランス?」
ロキに問われたランスは、即答する。






















































