77:うまくいったと思ったのに
うまくいったと思ったのに。
絶望を感じた時、目を閉じた脳裏に浮かぶのは、ランスの顔だ。
サラリと揺れる美しいホワイトブロンドの髪。
深みのある水色の美しい瞳。
「アリー様!」
ランスの声が聞こえたように感じた。
同時に、ビュンという空気を切り裂く音を感じ「ぎゃあ」と男が叫ぶ。
男が私の髪から手を離し、私が目を開けようとすると、再びビュンという音が聞こえた。そして男の「うっ」と短い声が聞こえる。
振り返ると、表情を失った男が私に倒れこんでくるのが見え、悲鳴を上げてしまう。
「はい、はい。汚い酔っ払いのおっさん、あんたが触れていい女性ではないからな」
ロキの声が聞こえ、酔っ払いの男が視界から消えた。
助けに来てくれたんだ!
それが分かった瞬間、もう涙が止まらない。
みっともないぐらい涙がこぼれ、鳴き声をあげながら、なんとか両手をつき、上体を起こそうとすると。
「アリー様!」
ランスの声が聞こえ、ぎゅっと彼に抱きしめられていた。
◇
ランスに抱きしめられた私は、もうしばらく泣き止むことができない。
「怖かった」と繰り返し、ランスの寝間着がぐちょぐちょになるのも構わず、泣き続けてしまった。そんな私をランスは「申し訳ないです。アリー様」と何度も繰り返し、背中や頭を撫で、ぎゅっと抱きしめるを繰り返す。
ようやく落ち着くと、私はランスに抱きあげられ、ロキに渡されたハンカチで顔を押さえながら、宿まで戻ることになった。ロキは両肩に矢が刺さった酔っ払いの男を担ぎ、私達の後に続く。
途中、駆け付けた聖騎士により、ランスは肩にマントをかけられ、私は頭からすっぽりマントを被った状態でくるまれた。その間、ランスと会話らしい会話はできていない。一方のランスは、駆け付けた聖騎士に、てきぱきといくつも指示を出す。
宿に着くとお湯が用意されており、女性スタッフの手をかり、ドレスを脱ぎ、湯船につかった。その後は、これまた用意された白い寝間着に着替え、怪我がないか医師に確認された。聖騎士達に同行していた医師だ。
幸い、大きな怪我はなく、かすり傷と強く掴まれて手首が赤くなったぐらいで済んだ。念のためで薬を塗ってもらい、包帯も巻いてもらう。
そこでカモミールティーが出され、それを飲むと、少し休むように言われた。
薬も一緒に飲んでいたせいもあり、ベッドに横になってしばらくすると……。
眠りに落ちた。
◇
優しく抱き寄せられ、温かさを感じ、自分が守られていると実感した。
ふと鼻に感じるもぎたてのグレープフルーツの香り。
爽やかなランスの香水。
そう思い、ゆっくり目を開け、自分がランスに腕枕され、彼の胸の中で眠っていることに気が付いた。どうやら私の身を案じ、そして我慢できなかったのだろう。ランスは添い寝をしてくれていた。
これには驚き、でも嬉しく、体が反応してしまう。
すると。
長い睫毛がゆっくり動き、ランスが目を開けた。
そこであのターコイズブルーの瞳と目があった。
「アリー様……」
なんとも甘い声で囁かれ、ぎゅっと抱きしめられた。
目覚めと同時に、今度は意識を失いそうになる。
「何もされずに済んで、本当によかったです。それでもいくつか傷があり、何よりあんなに泣くほど怖い思いをされたのかと思うと……。申し訳ないです、自分のせいで」
ランスはそう言いながら、さらに私を抱きしめる。
もう全身でランスを感じてしまい、あのグレープフルーツの香りも思いっきり吸い込み、意識が飛びそうだった。
「そしてアリー様、誤解ですから。自分のベッドに勝手に潜り込んできていたのは、聖騎士でありシングルナイトのアンリ・エド・ウォーカー。ウォーカー男爵家の四男です。寝酒を飲み、部屋を間違え、自分のベッドに潜り込んだと謝罪を受けました」
いきなり聞かされた衝撃の事実に「えっ」と固まってしまう。
「アンリは兄弟が多く、キングサイズのベッドで、兄弟三人で寝ていたこともあったと聞いています。冬の寒い日は、兄弟で抱き合って寝ることもあったらしく……。そして酔っぱらっていたので、自分に抱きつき、そのまま眠ってしまったらしいです……」
これにはもうビックリだ。あの長い髪に小柄な体は、女性かと思ったのに。
いや、ランスが長身でスリムだが引き締まった体をしているから、なおのこと女性のように見えてしまったのかもしれない。
「そして自分は……。お恥ずかしい限りです。アリー様を飼い犬のジョンと勘違いし、抱きしめて寝ていた過去がありますよね。あの時のようにアンリを……。誤解を生み、結果、アリー様が怖い目にあうことになり……申し訳なかったです」
これには……もう脱力。完全な勘違いだったのね。
「後ほど、アンリのこともアリー様に紹介し、謝罪させます。……そしてわざわざこんな場所まで訪ねてきてくれて、ありがとうございます」
そこでここへ来た理由を思い出し、ランスを見上げる。
「お料理とお菓子を、お昼として皆さんに食べていただきたくて、持参したのですが……」
「ありがとうございます、アリー様。皆と一緒にいただきました。アリー様が寝ている間にいただいてしまい、申し訳ないです」
「そうしていただけて良かったです。ランス様や皆様に召し上がっていただきたかったので」
するとランスは再び私を抱きしめ、その体はグレープフルーツの良い香りを漂わせ、そしてふわりと輝く。
「ともて美味しかったですよ。……ロキはこの一週間、アリー様の手料理やお菓子をいろいろ沢山食べたようで。随分と自慢されました。一瞬、あの口を縫い付けてやろうかと思いましたが」
ランスは恐ろしいことを言うも、私の頭を優しく撫で「もうすぐ日没です。アリー様は、お腹はすきませんか?」と尋ねる。「今、自分で食べ物の話をしていたこともあり、お腹、ぺこぺこです」と返事をすると、ランスは私をぎゅっと抱きしめる。
「アリー様の手料理にはかないませんが、この宿で出る料理も素朴な味わいを楽しめます。食堂に行きますか?」
「はい! ぜひ。……その、誤解して、余計な心配をかけてしまい、申し訳ありませんでした。何より助けてくださり、ありがとうございます」
私がそう言うと、ゆっくり上半身を起こしたランスは、私の手を取り、甲へと口づけをする。
「アリー様は自分のすべてです。何があってもお守りします」






















































