71:彼のすごさ
ランスは、王立ローゼル聖騎士団で三人しかいない、グランドナイトだとロキが教えてくれた。グランドナイトは、聖剣、聖槍、聖弓の三つを与えられた、選ばれし聖騎士。それはつまり……。
「! それってランス様は相当すごいということですよね!?」
「その通り! グランドナイトの残り二人のうち一人は今、副団長。よって次の団長はランスかもう一人と言われているぐらいだ」
そう答えたロキは、たっぷりのクリームがサンドされたシュークリームにかぶりつく。
ランスは自分と私が似ていると言っていた。そこで私はランスのことを、こう考えていたのだ。魔物が見えず、騎士団で浮いた存在であることから、自己評価が低いと。だからこそ聖女ではなかった修道女の私を、王都から遠い村まで送り届ける役目を負ったのだと。
でもそうではない。
ランスは……聖騎士団の次期団長になれるかもしれないぐらい、優秀な人物だった。
つまりランスは一人でも私を守れると判断され、護衛についてくれたのだ。もしかすると従者や御者はつけると言われたが、それぐらい自分でできると、ランスが断ったのかもしれない。
普通、次期聖騎士団の団長だったら、従者や御者をつけろとなるだろうが。ランスは違う。とても謙虚だし、自分でやれることは、自分でやってしまうタイプなんだ。
え……。
ランスは王立ローゼル聖騎士団において、とんでもなく求められている人材なのでは? うん、そうだ。間違いない。そんなランスが「聖騎士、辞めます」なんて言って、許されるもの? 私が団長だったら、絶対に許さないだろう。しかも辞める理由、それが「王都から遠い村の修道院の修道女と婚約し、結婚するためです」なんて言われた日には。全力でその婚約を阻止しようと思うだろう。
もしかしてランスと私が婚約すること、みんな反対なのでは……?
嫌な考えが浮かんでしまい、背中に汗が伝う。
とりあえず気持ちを落ち着けるため、蜂蜜を加えたローズティーを飲む。
芳醇な香りに、少しだけ気持ちが落ち着く。
「……ですのでご安心ください」
ランスが何か話していたようだが、全く聞いていなかった。仕方ないので曖昧に微笑み「はい」と返事をする。
どうしよう……。
ランスのことを好きになってしまったが、彼はただの聖騎士ではなかった。そもそも魔物が見えないというハンデがあるが、自身の生命力で魔物を倒せるなんて、そのハンデを大きく上回るアドバンテージだと思う。
既にランスは、ビースト・デビルベアを倒している。そのことは報告されているだろうし、彼の評価はそのことで、ますます高まるだろう。
ランスが聖騎士を辞めることの損失は、とてつもなく大きい。
それに辞めたことで彼が得るのは、私ぐらいだ。団長になれば得るだろう名声も栄誉も高い給金も、すべて捨てることになる。
私にはハッピーエンドでも、ランスは全然ハッピーエンドではないのでは!?
私は……ペンダントの謎が解けたら、村に、修道院に戻った方がいいのかもしれない。あ、もしかすると両親が見つかるかもしれない。そうしたら両親と一緒に、慎ましやかに家族三人で暮らしいければ……。
もしくは。
聖騎士である限り、ランスは誰とも婚約も結婚もすることはない。ならば私は自分が修道女を続けている思い、ランスの傍で、メイドとして働かせてもらえれば……。
ロキとランスは、何か聖騎士に関する話をして、笑っている。だがやはり私の頭には、一切その話は入ってこなかった。
◇
衝撃の事実で話半分の私だったが、ランスはこう解釈してくれた。
「アリー様、お疲れの所、ロキのような癖の強い人間に合わせてしまい、申し訳ありませんでした。疲れが……増しましたよね。夕食までまだ時間があります。少し、横になってはいかがでしょうか。ベッドではなく、カウチがありますから。それでしたらドレスを着たままでも軽く横になれます」
変わらず優しい気遣いに、涙が出そうになる。
「……ありがとうございます。お言葉に甘え、では少しだけ、横にならせていただきます」
そう答えると、ランスは極上の笑みを浮かべ、バトラーの名を呼ぶ。
するとバトラーはブルーグレーのケープコートを持ってきてランスの肩にかけ、ウールの厚手のブランケットをランスに渡す。
ランスは「では参りましょう」と笑顔で私の手を取る。
「えっと、ランス様、どこに……」
本当に。
どこに行くのかと思ったら、サンルームの庭園に続く扉を開けた。そのままテラスに出ると、なんとそこにカウチがあった。そのカウチにランスは腰かけると、吹く風にホワイトブロンドのサラサラの髪が揺れる。
「どうぞ、アリー様」
ランスが淡い光に包まれている。
「これは……」
カウチで横になる私を膝枕してくれる……ということだ!
な、なんて夢のような。
こんなことをしてもらったら、ますますランスを好きになってしまうのでは!?
「ランス様、私……」
深みのある水色の瞳までキラキラさせながら、ランスは美麗な笑顔を私に向けている。断ることはできず、おずおずとカウチに横になる。
「遠慮せず、どうぞ」
「……はい」
緊張しながらランスの膝に頭をのせると、彼は厚手のウールのブランケットを広げ、私にかけてくれる。
「ご覧ください、アリー様。ここで見るこの時間の景色は、とても美しいのですよ」
ランスの言葉に庭園の方を見て、息を呑む。
確かにランスの言う通りだ。
空の上空は薄い水色。でも庭園の上に広がる空は茜色。
庭園には、ランタンがいくつも灯されている。
ランスの手が私の上半身を包み込む。
じんわり温かさが伝わり、言いようのない幸福感に包まれた。
ランスの手がブランケットから出ている私の手をぎゅっと握りしめる。
「アリー様とこの景色を見られると思いませんでした。……とても幸せです」
彼の言葉が胸にじんわりと染みる。
彼を諦めることなんて……できるのかしら……?






















































