70:幼馴染み
ランスのことを鉄仮面と言った男性は、貴族と思うのだけど、かなりくだけている。
真ん中分けされた赤毛の髪は襟足までの長さ、しかも耳に髪色と同じ赤い宝石のピアスをつけている。白いシャツにタイはつけず、代わりにボタンは三つほど開いている。そこから鎖骨と引き締まった胸板が見え、何とも言えない色気が漂う。
アプリコット色の上衣のボタンもそうだが、中に着ているチョコレート色のベストのボタンも二つしか止められていない。スラリと伸びた足を包むズボンは、上衣と同じアプリコット色、オーカー色のロングブーツで、さらに脚が長く見える。
全体的にワイルドなのだけど、一重の瞳はたれ目なので、どことなく愛嬌がある。しかも鼻も高く、整った顔をしているが、ツンとしたイメージにならない。きっと笑顔も可愛らしいからだ。
「ロキ、いきなり人のことを鉄仮面呼ばわりとは……相変わらずヒドイな」
「俺は、口は悪いが、嘘をつかないし、情報と腕前は一流だ。そこが天下のランス様も、気に入っているのだろう?」
「口も一流になれば尊敬するのだが……。まあ、いい。アリー様。彼が自分の幼馴染みで、王立ローゼル聖騎士団の諜報部に所属する赤髪のロキと呼ばれるロキ・ジェームズ・ベネットです。これでもベネット公爵家の三男。不良にしか見えませんが、記憶力は抜群で、人の懐に入るのが実にうまいのです。ですから、くれぐれも」
ランスが紹介しているのに構わず私のそばに来たロキは、ニコッと微笑む。その愛嬌のある笑みを向けられると、つい警戒心が緩んでしまう。するとロキは私の手を取り、甲へとキスをする。
「ランスから聞いていますよ、アリー嬢。鉄仮面ランスがゾッコンになった修道女様。まったく女気なんてなかったのに! アリー嬢のためなら聖騎士を辞めると言い出すから驚きだ。でも確かに美しいですね、アリー嬢は。さながら村はずれの修道院に咲く、高貴なオーキッドのようだ」
そう言ったランスは、掴んでいた私の左手をぐいっと引き寄せ、頬にキスをしようとしたが。
「ロキ、死にたいか?」
「冗談だよ、ランス。本当にキスすると思ったか?」
「アリー様に自分の許可なく気安く触れるな」
私とロキの間にあっという間に割って入ったランスの右手には短剣があり、それはロキのワイルドな喉仏に触れる寸前。あまりの早業に私は驚き、口をぽかんと開けそうになり、慌てて手で押さえる。
ランスはやはり騎士として、相当鍛えていると思う。対するロキはランスが言う通り、あの笑顔で相手の警戒心を緩ませることはできるが、武術についてはランスに及ばないように思えた。
「分かったよ、ランス様。でも俺にアリー嬢の護衛を任せるんだろう? 気安く触れるなと言われてもな。って、分かった、分かった。不必要にはアリー嬢に触れないから!」
ようやくロキに向けていた短剣を収めると、ランスは美しい笑顔で「アリー様、立ち話も何ですから、こちらにお座りください」と私に手を差し出す。あっという間に短剣をしまい、騎士の顔から貴公子に変わったランスは、まさに七変化!
ひとまず三人ともソファに座ると、バトラーがティーカップに紅茶をいれてくれる。
薔薇の香りが漂い、入れてくれた紅茶が、ローズティーだと気づく。
ローズティーは香りと優雅な味わいで人気だが、平民には高級品で、結婚式など特別なイベントの時にしか飲めない。ティータイムで登場するなんて驚きだったし、これも私を喜ばせるためにランスが用意してくれたのかと思うと、嬉しくなってしまう。
自然とランスを見ると、彼も私を見ていた。お互いに見つめ合い、微笑むことになる。ランスが砂金のような光をまとい、輝いていた。
「本当にべた惚れなんだな。つい最近出会ったばかりだというのに」
ロキに言われ、彼がいたことを思い出す。つい、二人の世界に浸ってしまった。
「まあ、だからこそ俺を護衛につけたのか」
「いや、そこまで君のことは買っていない。たまたま君が遅い休暇でこの一ヵ月、暇をしていると聞き、小遣い稼ぎをさせてやるまでだ」
「ひゃーっ、鉄仮面ランスは、アリー嬢以外には冷たいなぁ」
こんな会話をしているけど、ランスの表情を見る限り。このロキに心を許し、信頼していることは伝わってくる。幼馴染みであるけれど、馴れ合いでこのロキに護衛を頼むわけではなさそうだ。
それにしても。
ランスがいるのに護衛なんて、必要なのかしら?と思ってしまったが。
「ロキは、今、お伝えした通り、休暇中ですが、自分は明日から普通に任務があります。よって自分の留守中、ロキにアリー様の護衛をさせますから。こう見えてロキは、聖剣と聖弓を授けられた、デュアルナイトですので」
「はは。そして鉄仮面ランスは、王立ローゼル聖騎士団で三人しかいない、グランドナイトだ。聖剣、聖槍、聖弓の三つを与えられた、選ばれし聖騎士」
フランボワーズのマカロンを一口でパクリと頬張ったロキの言葉に驚いてしまう。






















































