6:ラッキー!
「わぁ、なんて素敵なの……」
鏡に映る私が着ているのは、ピンクからブルーのグラデーションがとても美しいドレスだ。
スカート部分には、細かいビジューが散りばめられたチュールが重ねられ、動くたびにキラキラと輝いている。いわゆる舞踏会にも着ていけそうな、華やかなデイドレスだった。
こんな素晴らしいドレスを着せてもらえたのだから。あの盗賊に襲われたのは……本当に不幸な出来事だったと思う。でも悪いことばかりではなかった。
私達を襲った盗賊は、今朝早く、この辺り一帯を治めるパーク男爵の三男を連れ去り、逃走している最中だった。
そう、あの金髪で色白、リーフグリーンの瞳の少年の名は、シリル・ロン・パーク。連れ去れた男爵の三男だった。彼は朝の散歩の最中に盗賊にさらわれ、ランスと私が休憩したあのスペースにやってきていた。
盗賊が昼食をとっている間は気絶させられており、目覚めると同時に移動となった。海賊風の男、盗賊のリーダーであるノリは、馬にシリルを乗せると、彼の脇に短剣を押し付けた。少しでも余計なことをすれば、グサリと刺される状態。しかも手首をロープで結わかれ、シリルは逃げ出すことができない。
ノリはシリルを奴隷として売るため、パーク男爵の隣の領地に向かっていたが、彼らは昼食をとる最中、離れた場所からランスと私のことを見ていた。そして私がつけているペンダントについて、熱心に話す様子を見ていたのだ。
そこからペンダントが何か高価なものではないかと、ノリは判断する。まずはペンダントが手に入るか。それを確認することにした。
つまりそばにいる騎士が何者であるか。検分することになる。
見ると男はただの騎士ではない。
聖騎士だ。
彼らが着用するマントの背には、王立ローゼル聖騎士団の紋章、月桂樹と剣が金糸と銀糸で刺繍されている。よって一目見て身分が分かる。
通常、聖騎士に対し、悪さを考える者は少ない。
何せ“魔物を相手に戦う、美しいが最強の戦士”というイメージが強いからだ。
だがしかし。
男は一人。
しかも女連れ。
対してノリたちは三人いる。
一対三、しかも女連れなら、いくら聖騎士でも分が悪いだろうと、襲う計画を立てる。
だが休憩スペースで動くのはまずい。人が多いし、そこには荷馬車や幌馬車を警備する兵士、護衛騎士が何人もいる。そこで休憩スペースを出て、他に人がいない状況で襲撃することを決意した。
目的はペンダント。
ついでに女もさらうことができたら、自分たちで遊ぶか、生娘であれば娼館に売ると考えた。
こうして満を持して襲撃したわけだけど……。
ランスは多勢に無勢であったので、騎士道を無視し、とっと戦闘を開始する。シリルもここ幸いと加勢した。結局、盗賊はぼこぼこにされてしまう。今、三人とも裸にされ、縄でぐるぐる巻きの状態で、街道に放置されている。今頃、パーク男爵が向かわせた兵士に捕らわれ、連行されているところだろう。
一方の私達はシリルと話し、彼をパーク男爵の屋敷まで送ることになった。当然だが、シリルとパーク男爵は、私達に御礼をしたいとなる。おかげで私はこの素敵なドレスに着替え、これからみんなと昼食をいただくことになっている。
着ていたワンピースがダメになり、ペンダントのチェーンが切れてしまった。襲われた時はとても怖い思いをしたが、ランスもシリルも私も。怪我はなかった。
切れたチェーンはパーク男爵が宝飾商を呼びつけ、新しいものを用意してくれている。
結局大きな被害もなく、むしろ素敵なドレス、そして今から豪華な昼食をとることができるわけで……。私は前向きでラッキーと考えてしまうが、ランスは違う。
ずっと私に詫び続け「素肌をさらすような事態になって申し訳なかった」と繰り返し謝罪し、さらに「未婚の女性の肌を見てしまった」自分を責めている。
むしろ私としては、ランスが見たくもないものを見せてしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが……。ランスはそれを否定したかったのだろう。
「見たくもないなんて、そんなことはありません! ミルクのような美しい肌で、羞恥からバラ色に染まった様子は、実に綺麗でした。見事な曲線を描いた下着は、美の女神のようであり……あの様子を見て、不快に感じると言う人間がいるならば。自分が罰します!」
これでもかと褒められ、それは嬉しいのだけど……。
バッチリ見られたと分かり、私は赤くなるしかない。するとランスは、自身がしっかり私の下着姿を見たことを思い出し、猛省を始める。
しかも何なのだろうか。
猛省するランスを見ていると、あの閃光に再び襲われた。
ランスがいくら神々しいほど美しいからと言って。
本当に輝きを見ることができるって、どういうことかしら?
聖女ではないが、魔物を見ることができるらしい私は、あまりにも美しい人間を見ると、その輝きも見ることができるのかしら……?
そんなことを思っていると、部屋の扉がノックされる。着替えを手伝ってくれたメイドが扉を開けると……。そこにはランスがいる。しかも甲冑をはずし、兜もとり、隊服姿なのだが……。
な、なんてかっこいいの……!
アイアンブルーの隊服は、襟や袖に美しい銀糸による刺繍があしらわれ、飾りボタンには騎士団の紋章が繊細に彫られている。甲冑と違い、その隊服姿だと、ランスの体のラインがはっきり分かるのだが……。
スラリとした長身だが、引き締まっている。
どう考えても体を構成するのは筋肉で、贅肉がない。
きっと腹筋は綺麗に割れ、胸筋も背筋も立派に違いないだろう。
そしてウエストもお尻も引き締まり、脚が長い!
これはもう惚れ惚れする姿だ。
修道院にも教会にも、男性の聖人の彫像が多い。彫像、ではあるが。男性の体は見慣れていた。彫像は理想が具現化されているから、たいていはあり得ない肉体美だと思っていたが……。
ランスを見る限り。
彫像は嘘をついていないと思う。その一方で。でも修道僧でランスのような男性がいたかというと……いなかった。ランスはまさに別格だと思う。