67:鋭いオーラ
マイと、シャドウマンサー<魔を招く者>に関する書物を書き、自身もその一人と言われたダモクレス伯爵がつながっているって……!
ジルベールがもたらした衝撃情報に目を丸くし、固まってしまう。それでもなんとか口を開いて尋ねる。
「そ、それはどういうことでしょうか」
「つながっている……という言い方は少し大げさかな」とジルベールは言った上で、ある事実を明かした。
「ダモクレス伯爵はツベルクローシスを患い、サナトリウムに入院していた。自身がそんな病にかかることで信仰を失い、彼はシャドウマンサー<魔を招く者>の思想を信奉するようになったとされている。そしてマイの叔母に当たる女性が、同じサナトリウムに入院していたことが、調査で分かったんだよ」
「つまりその縁で彼の著書『魔こそこの世の美徳なり』が、マイの実家の屋敷の地下倉庫にあった可能性があると?」
「そうだと思うよ。シャドウマンサー<魔を招く者>に関する本は、発禁処分を受けているし、所有していれば罪に問われる。今では閲覧制限がかかり、普通では見ることができない。今回も既に焼却処分しているとはいえ、所持していたことを報告していた形跡はないから、ドラクブラッド男爵は、罪に問われるだろうね。かなり昔の話だから、高額な罰金で済むとは思うけど」
そこでジルベールの表情が引き締まり、急に立ち上がるので、驚き、そして彼の視線を追い、後ろ振り返る。
するとそこには、聖騎士の隊服を着たランスが、修道院長と共にいた。慌てて私が立ち上がると、ジルベールが自身の右手を左胸に添え、頭を下げる。
「はじめてお目にかかります、ランス・フォン・エルンスト伯爵子息。僕はジルベール・サンタベリーと申します。サンタベリー子爵家の長男です」
ジルベールがこんな風に頭を下げるのを、あまり見たことがない。この村は勿論、町でも、サンタベリー子爵家に頭が上がる人間はいないからだ。貴族の爵位について詳しくないけれど、伯爵家の方が子爵よりも上、ということなのね、きっと。
「丁寧な挨拶、ありがとうございます。自分はランス・フォン・エルンスト、エルンスト伯爵家の次男です。……ところでアリー様とは、どのような関係で?」
ランスの声は耳に心地よいテノールで若々しく、とても美しいはずなのに。今はなんだか低めの声で威圧感がある。しかもターコイズブルーの瞳を細め、秀麗な笑顔を浮かべ、自身もキラキラと輝いているのに……。
全体的なオーラが鋭い。
ものすごく、警戒している。腰に帯びた剣を、今にも抜きかねない緊張感を覚えた。
私がそう感じるぐらいだから、ジルベールもそれを察知したようで、自分が無害であることを示すよう、両手を上げている。それはもう、自然とそうしてしまっているという感じだ。
「アリー……いえ、アリー様とは、幼い頃より親しくしていただいている幼馴染みのような関係です。我が家がこちらの孤児院や修道院に寄付を行っており、アリー様は他の孤児や修道女の皆さんと我が家を訪ね、美味しいお菓子やワインを届けてくれます。そこで知り合い、仲良くしていただき、昨日はナオミ様というもう一人の修道女の方と一緒に、ホリデーマーケットを楽しみました」
説明を聞いている最中から、ランスのまとうオーラが和らいでいく。私が昨日、ホリデーマーケットに一緒に行っていた相手であると、思い出したようだ。かつナオミと二人きりで過ごすことで、私が一人になったことも思い出したのだろう。
気づけばいつもの柔和な笑みとなり、ジルベールもあげていた手をおろすことができた。
「失礼しました。ジルベール様。アリー様からあなたのことは聞いています。それで今日はどうされたのですか?」
ランスはチラッとローテーブルに置かれた羊皮紙を見ながら尋ねる。ジルベールは包み隠すことなく、探偵を使い調査したマイの情報を私に教えていたと話した。
「なるほど。そうでしたか。それはアリー様を心配しての行動ですよね。ありがとうございます。もし差し支えなければ、その調査結果の資料、自分に預けていただいても?」
「ええ、勿論です。丁度、話もひと段落したところ。僕はナオミに挨拶をして、帰らせてもらおうと思います」
そう言ってジルベールが修道院長を見ると、彼は「ナオミのところへご案内します」と微笑む。ジルベールは私を見て「アリー様、先ほど話したことは、こちらの調査報告書にも記載されています。話した以上の情報はありませんが、気になればご覧ください」と微笑み、そのまま修道院長のところへ向かう。
「ランス様、通常、修道女のお部屋に男性は通していません。ですが、ランス様は聖騎士。特別に入室を許可しますので、アリーの荷物を運ぶ手伝いをしてくださって構いません」
修道院長の言葉にランスは「ありがとうございます」と微笑み、私を見る。
「アリー様、馬車の手配をしてあります。荷物を積み込み、食堂で昼食をいただいたら、出発しましょう。そこで皆さんへの出発の挨拶もしましょう」
荷物を運ぶ手伝いができることが、ランスはよほど嬉しいのか、キラキラと輝いている。
それではなくても、美貌な姿が眩しいのに。
私はなんとか目を閉じそうになるのを我慢しながら「はい。そうします」と返事をした。






















































