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聖女ではありませんでしたが、聖騎士様に溺愛されそうです  作者: 一番星キラリ@商業ノベル&漫画化進行中


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62/142

61:それ、ちょうだい

「マ、マイ、あなた……」


 突然、私の名前を呼び、細い路地へと引っ張り込んだのは。

 失踪しているマイだ。


 バサバサしたボブの髪にフードを被り、着ているのは黒のワンピース。そして裏地は赤、表地は黒のフード付きローブを羽織っている。そしてその衣装のあちこちにシミが見え、顔には何かをぬぐった痕。


 それは……血しぶきを浴びた後のように見えた。


「私が手に入れたブローチ、もう返してしまったのでしょう? 代わりになる黒い宝石と赤い宝石が欲しいの。だから、頂戴、アリー。代わりの宝石を。それがあれば、ビースト・デビルベアを召喚できると聞いたの。ビースト・デビルベアよ、知っている? アリーなら知っているよね? 聖女かもしれないって言われていたんだもんね」


 マイがニタリと笑っている。

 またもや全身に鳥肌が立った。


 ビースト・デビルベア……?

 ビースト・デビルベアは、もういないのに。

 王都でランスが、報告していると思う。

 でもここまでその情報は、まだ届いていない……。


「魔物の四天王(ダークキング)よ。“最強”と言われる、ビースト・デビルベアよ! あれを召喚できたら、今度こそ、あの女に復讐できる。……だからね、黒い宝石と赤い宝石、できれば両方。でもどちらかでもいいから、くれない?」


 なぜここにマイが?

 再び、彼女に付着する血の痕のようなものを目にすると。

 なんだか心臓がバクバクし、呼吸が不自然になる。

 パニックになりそうになるのを、深呼吸でなんとか抑えた。

 急に。

 急にマイが現れたから、必要以上に恐怖を感じているだけ。

 落ち着いて、私。


「マイ、あいにいくだけど、そんな宝石、持っていないわ。そ、それにそんな魔物を召喚したら、あの女だけではなく、みんな……大変なことになるわ」


「嘘をつかないでよ、アニー」


「え……」


 マイはワンピースのポケットに手を突っ込むと、何かを取り出した。


 それを見た瞬間。


 少しはましになった心臓はもう大爆発で、頭の中もスパークしそうになっている。


 それはガラス片だ。

 持ち手のところを、布のようなものでぐるぐる巻きにしている。だが見えているガラスには、どす黒い何かがべったりついている。しかも既にそれは、乾いていた。


 本能で、それが血であると分かり、かつその血はマイの言う「あの女」のものではないかと思えたのだ。


 失踪し、どこにいるか分からなくなっていた間。


 マイはもしや「あの女」に会いに行き、何かとんでもないことをしていたのでは!? でも「今度こそ、あの女に復讐できる」と言っていたから、未遂で終わったのかもしれない。それでも傷つけたことは……事実だと思う。


 汗がどばっと噴き出て、パニック寸前だ。


「ねえ、聞いている?」


 怒鳴られ、そこで体がビクッと震えた。

 聞いていなかった。

 マイの声は、耳に全く届いていなかった。


「き、聞こえませんでした……」

「え、何? なんて言ったの? 聞こえないよ」


 マイが近づいてきたので、懸命に「聞こえませんでした!」と叫んでいた。


「はぁ? 聞こえていなかったの!? おかしいんじゃない!?」


 おかしいのは……あなただと思う。

 そう思うが、絶対にそんなこと、言えない。


「だから。見たんだって。アリー、ペンダントつけているでしょ。あれ、黒いよね? まるで夜空見たい。黒い宝石よ。それ、ちょうだい」


 いつ、見られていたの……?

 着替えは、マイがいない時にするようにしていた。

 朝起きたマイが、洗面所に行っている間に。

 入浴だって別々だ。


 まさか……。


「なんでそれを知っているの、って顔をしているわね。でも見たのよ。あんたが熟睡している時に。何か持っていないかなって、探した時に」


 私が熟睡している時に、マイは起きて部屋の中をウロウロしていたということ……?

 それを想像するだけで、息が詰まりそうになる。


「あんたが寝ている時にね、机の引き出しとか、クローゼットの中とか、本棚とか。いろいろ見たの。でもほとんど白ばっか。白はダメなのに。それであんたが仰向けになった時、寝間着から見えたの。ランタンの光に反射して何かキラッとしたのが」


 もう血の気が引き、卒倒しそうだった。

 ランタンの明かりは、私を起こさないよう、弱めにしていただろう。それでも暗闇の中、明かりがあるのだ。その状況で寝ていたということは……。私は熟睡していた。私がそんな状態なのに、マイは自身の欲する黒い物や赤い物がないか、物色していたということ!? しかも私の寝間着から見えた、キラッとしたものって……!


「寝間着のボタンをはずして、見たの、ペンダントを。綺麗だったわ。それでおいおい声をかけて、アリーからもらうつもりでいたけど。黒い宝石と赤い宝石。その両方が揃っているブローチが、偶然にも目の前に現れてくれたから! ラッキーと思って手に入れたのに」


 そこで口をすぼめたマイは、自分が30歳であることを自覚しているのだろうか?

 その姿は、まるで子供だ。


「返せって言うから。返さないと、修道院から追い出される、なんて言うから。そうなったらもう、仕方ないよね? ブローチは返すしかない。あとはアリーからもらうしかない。それにそのペンダントは、本で見たことがある。本物だと思うから」


 そう言ったマイの手が、いきなり首元に伸び「ひいぃ」と、とんでもなく哀れな声が出てしまった。でもその声を出せたことで、固まっていた体が動き、壁際に後退できた。


「あ、逃げないで。怪我したくないよね?」


 マイは自身が握っているガラス片を、自分の体の前に出した。


「こ、このペンダントはダメなの。これだけは。で、でも、一緒に探すから。黒い宝石と赤い宝石を探すのを」


 毛頭そんなこと協力するつもりはないが、この窮地を脱するためなら、なんでもやりますと言うしかなかった。


「探すまでもないでしょ。あるんだから、出してよ」

「それは無理なんです!」

「じゃあさ、ちょっと痛いけど我慢して」


 ガラス片を握った手を、マイが振り上げた。

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