61:それ、ちょうだい
「マ、マイ、あなた……」
突然、私の名前を呼び、細い路地へと引っ張り込んだのは。
失踪しているマイだ。
バサバサしたボブの髪にフードを被り、着ているのは黒のワンピース。そして裏地は赤、表地は黒のフード付きローブを羽織っている。そしてその衣装のあちこちにシミが見え、顔には何かをぬぐった痕。
それは……血しぶきを浴びた後のように見えた。
「私が手に入れたブローチ、もう返してしまったのでしょう? 代わりになる黒い宝石と赤い宝石が欲しいの。だから、頂戴、アリー。代わりの宝石を。それがあれば、ビースト・デビルベアを召喚できると聞いたの。ビースト・デビルベアよ、知っている? アリーなら知っているよね? 聖女かもしれないって言われていたんだもんね」
マイがニタリと笑っている。
またもや全身に鳥肌が立った。
ビースト・デビルベア……?
ビースト・デビルベアは、もういないのに。
王都でランスが、報告していると思う。
でもここまでその情報は、まだ届いていない……。
「魔物の四天王よ。“最強”と言われる、ビースト・デビルベアよ! あれを召喚できたら、今度こそ、あの女に復讐できる。……だからね、黒い宝石と赤い宝石、できれば両方。でもどちらかでもいいから、くれない?」
なぜここにマイが?
再び、彼女に付着する血の痕のようなものを目にすると。
なんだか心臓がバクバクし、呼吸が不自然になる。
パニックになりそうになるのを、深呼吸でなんとか抑えた。
急に。
急にマイが現れたから、必要以上に恐怖を感じているだけ。
落ち着いて、私。
「マイ、あいにいくだけど、そんな宝石、持っていないわ。そ、それにそんな魔物を召喚したら、あの女だけではなく、みんな……大変なことになるわ」
「嘘をつかないでよ、アニー」
「え……」
マイはワンピースのポケットに手を突っ込むと、何かを取り出した。
それを見た瞬間。
少しはましになった心臓はもう大爆発で、頭の中もスパークしそうになっている。
それはガラス片だ。
持ち手のところを、布のようなものでぐるぐる巻きにしている。だが見えているガラスには、どす黒い何かがべったりついている。しかも既にそれは、乾いていた。
本能で、それが血であると分かり、かつその血はマイの言う「あの女」のものではないかと思えたのだ。
失踪し、どこにいるか分からなくなっていた間。
マイはもしや「あの女」に会いに行き、何かとんでもないことをしていたのでは!? でも「今度こそ、あの女に復讐できる」と言っていたから、未遂で終わったのかもしれない。それでも傷つけたことは……事実だと思う。
汗がどばっと噴き出て、パニック寸前だ。
「ねえ、聞いている?」
怒鳴られ、そこで体がビクッと震えた。
聞いていなかった。
マイの声は、耳に全く届いていなかった。
「き、聞こえませんでした……」
「え、何? なんて言ったの? 聞こえないよ」
マイが近づいてきたので、懸命に「聞こえませんでした!」と叫んでいた。
「はぁ? 聞こえていなかったの!? おかしいんじゃない!?」
おかしいのは……あなただと思う。
そう思うが、絶対にそんなこと、言えない。
「だから。見たんだって。アリー、ペンダントつけているでしょ。あれ、黒いよね? まるで夜空見たい。黒い宝石よ。それ、ちょうだい」
いつ、見られていたの……?
着替えは、マイがいない時にするようにしていた。
朝起きたマイが、洗面所に行っている間に。
入浴だって別々だ。
まさか……。
「なんでそれを知っているの、って顔をしているわね。でも見たのよ。あんたが熟睡している時に。何か持っていないかなって、探した時に」
私が熟睡している時に、マイは起きて部屋の中をウロウロしていたということ……?
それを想像するだけで、息が詰まりそうになる。
「あんたが寝ている時にね、机の引き出しとか、クローゼットの中とか、本棚とか。いろいろ見たの。でもほとんど白ばっか。白はダメなのに。それであんたが仰向けになった時、寝間着から見えたの。ランタンの光に反射して何かキラッとしたのが」
もう血の気が引き、卒倒しそうだった。
ランタンの明かりは、私を起こさないよう、弱めにしていただろう。それでも暗闇の中、明かりがあるのだ。その状況で寝ていたということは……。私は熟睡していた。私がそんな状態なのに、マイは自身の欲する黒い物や赤い物がないか、物色していたということ!? しかも私の寝間着から見えた、キラッとしたものって……!
「寝間着のボタンをはずして、見たの、ペンダントを。綺麗だったわ。それでおいおい声をかけて、アリーからもらうつもりでいたけど。黒い宝石と赤い宝石。その両方が揃っているブローチが、偶然にも目の前に現れてくれたから! ラッキーと思って手に入れたのに」
そこで口をすぼめたマイは、自分が30歳であることを自覚しているのだろうか?
その姿は、まるで子供だ。
「返せって言うから。返さないと、修道院から追い出される、なんて言うから。そうなったらもう、仕方ないよね? ブローチは返すしかない。あとはアリーからもらうしかない。それにそのペンダントは、本で見たことがある。本物だと思うから」
そう言ったマイの手が、いきなり首元に伸び「ひいぃ」と、とんでもなく哀れな声が出てしまった。でもその声を出せたことで、固まっていた体が動き、壁際に後退できた。
「あ、逃げないで。怪我したくないよね?」
マイは自身が握っているガラス片を、自分の体の前に出した。
「こ、このペンダントはダメなの。これだけは。で、でも、一緒に探すから。黒い宝石と赤い宝石を探すのを」
毛頭そんなこと協力するつもりはないが、この窮地を脱するためなら、なんでもやりますと言うしかなかった。
「探すまでもないでしょ。あるんだから、出してよ」
「それは無理なんです!」
「じゃあさ、ちょっと痛いけど我慢して」
ガラス片を握った手を、マイが振り上げた。
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