5:襲撃
私達の馬車の手前で馬を止めた二人の男は、聖騎士であるランスに対し、私とペンダントを寄越せと言っている。これは……人さらい……盗賊だ。
慌てて座席の後ろの小窓から後方を見ると。
そこには前の二人より上質そうな服を着た、まるで海賊のような装いの男がいる。頭に巻いたターバン、ズボンの上に巻いた布など、実にそれっぽい。その男と一緒に馬に乗っているのは、金髪の色白の少年だ。
少年は、白シャツに紺色のズボンという軽装。この場にそぐわないそのおどおどした様子から察するに、もしや彼もさらわれた一人なのでは……? よく見ると両手首がロープで結わかれている。
「聖騎士が護衛する女性に手を出すことは、何を意味しているのか。分かっているのか?」
凛としたランスの声に、焦りは感じられない。
「うるせえ。こっちは三人だ。それに今、ここに他には人もいない。多勢に無勢だよ、お兄ちゃん!」
そう言うと、二人の男はそれぞれ剣を抜こうとしたが。
「うっ」という唸り声と共に、小太り男がいきなり落馬した。見ると肩に短剣が刺さっている。間違いない。ランスが投げたのだ。
騎士と言うのは、名乗りの最中や武器を準備している相手に、攻撃はしないと聞いていたが……。
馬のいななく声が聞こえ、見ると悪人面の馬の目の前に、槍が突き刺さっている。驚いた栗毛の馬が暴れていた。
あっけなく馬から落ちた悪人面の方へ、剣を抜いたランスが向かう。
騎士道は無視しているが、今は多勢に無勢。これは仕方ないだろう。何よりランスは……強い。短剣が命中している点も、的確な位置に槍を突き立てることができている点も。完璧なコントロール。しかも致命傷を与えたわけではない。だがきっちり相手の動きを封じている。
今も悪人面と剣を交えているが、話になっていない。
いかにもな感じで登場した盗賊に「しまった!」と思ったが、これなら大丈夫そうだった。
でも、大丈夫そう――そんな風に油断してしまうのが、素人。
「!」
いきなり腕を引っ張られ、馬車から落ちそうになり、体を抱えあげられた。あの後方にいたはずの海賊風の男が、私の体をがっつり抱え込んでいた。しかも口を押えられ、悲鳴をあげられない。
海賊風の男が動いていることに気づいた悪人面は、勇気づけられたのだろうか。急に動きがよくなっている! これではランスは、こちらに気づいても、対処できない。
つまりこのままでは……さらわれる!
必死に暴れると、海賊風の男が舌打ちをした。そして次の瞬間。
それは一気に私から力を奪うものだった。
海賊風の男は、いきなり力任せに襟を掴むと、そのまま私のワンピースの身頃を引き裂いたのだ。布が切れる音は、想像以上に大きく、ランスが振り返った。
身頃は完全に引き裂かれているわけではないが、絶対に下着が見えている状態。恥ずかしいのと恐怖で、ただ涙がこぼれる。
私はただの修道女で、こんな風に襲われることに、慣れていない。
ぶちっと音がして、何かと思ったら、海賊風の男がペンダントを引きちぎっていた。
つまり。
ランスは既に小太りを倒し、悪人面が倒されるのは時間の問題だった。しかも攫おうと思った私は暴れている。ならば金目になるペンダントだけ、盗もうとしたのだろう。そのために、身頃を引き裂いた。
「オ! これは、勿体ない。上玉だったな」
まるで逃げる前に触っておこうとするかのように、海賊男の手が、私の胸に伸びた。
こんな男に胸に触れられるなんて!
抵抗しようと必死に手を動かすと。
もういろいろなことが同時に起きた。
まず、突然、閃光が走り、目を開けていられなくなった。
再び目を開けると、ランスと戦闘を繰り広げていた悪人面は、既に地面に沈んでいる。
代わりにランスは剣を手に、まるで風のようなスピードでこちらまで移動してきた。つまり、私を助けようとしていたが……。海賊風の男の手は、私の胸を鷲掴みにする寸前。
ところが。
海賊男が突然前のめりになり、私も倒れそうになる。
「彼女のことを離せ!」
声変わり前の幼い声だが、力強い。
見ると手首をロープで結わかれたままなのに。
あの捕えられていた少年が、海賊男に体当たりしてくれた。
「貴様、勝手なことをしやがって」
海賊男が剣を抜いたまさにその時。
キラッと光るものがあった。
そして海賊男は「うっ」と呻き声を漏らす。
ドンという重い音と共に、海賊男が前のめりで倒れ、その背後にはランス!
倒れた海賊男の背中は、斜め左下に向かい、着ている黒い上衣が切れ、血が滲んでいる。しかも背中を蹴られ、倒れていた。だが、海賊男はまだ、動こうとしている。
するとランスはその背に馬乗りになり、海賊男の首を締め上げた。
海賊男はそこで遂に気絶する。
「アリー様、申し訳ありません! お怪我はないですか!」
そう言ってランスが私を見た瞬間。
まただった。
突然、閃光が走り、私は目を閉じ、少年の「うわっ」という声がした。
光が収まったかのように思え、目を開けるのと同時に、ふわりと肩から何かに包まれている。
「駆け付けるのが遅くなり、本当に、申し訳ありません。近くの村で服を調達しますから、それまではこれで我慢してください」
ランスの言葉に、そこでようやく思い出す。
あまりに一度にいろいろなことが起きたが、私は着ているワンピースの前身頃が引き裂かれ、下着が見えている状態だった。それを隠すために、ランスは自身が身に着けていたマントを私の肩にかけてくれたのだ。
慌ててマントで胸を隠すようにして「し、失礼しました。聖騎士であるランス様に、不快なものをお見せしてしまいました!」と私がすぐさま謝罪をすると「え、お姉さんの谷間、とても美しかっ、いたっ!」と少年の声に続き、叫び声。どうやらランスが少年の頭をはたいたようだ。
多分、さっきの「うわっ」という少年の声も、ランスが「見るな!」という意味ではたいた結果なのかもしれない。
男性に下着を見られた……。これは猛烈に恥ずかしい。
だがこの少年とランスにより、盗賊の襲撃からは、なんとか身を守ることができた。