58:理解するのが難しい
孤児院と修道院がある敷地には、他にも教会、墓地、修道士や修道女が暮らす宿舎、畑、鶏小屋、厩舎などがあり、その周囲をぐるりと塀で囲まれている。町のような立派な石造りの塀ではない。木で作られた塀だがそれなりの高さはあるので、害獣や泥棒除けになっている。
つまり敷地内に入るには正門、裏門のいずれかを利用する必要があった。
正門には守衛室があり、修道士が二人、交代で二十四時間待機していた。その守衛室に、マイが帰って来たか、確認すると……。
なんとマイは戻ってきていなかった。
そこで三人で修道院長の執務室を尋ねると……。
「そうなんだよ。マイは夕食の時間になっても戻ってきていない。一応、村の自警団には相談してある。ただマイは30歳という年齢だからね。これが子供だったらすぐに捜索をとなるが……。しかも修道院に来て日も浅く、元は貴族の令嬢。そうなると人攫いというより、自身の意志で逃走した可能性も考えられる。明日の朝になっても戻らなければ、捜索をお願いすることになると思うよ」
修道院長のこの言葉に、私はマイとの公園での一件、シャドウマンサー<魔を招く者>に興味を持ち、マイが魔物を召喚しようとしていることを話した。もちろん、ブローチの件は伏せて、だが。
話を聞いた修道院長は「そんなことがあったのかい」と驚き、そして私に怪我が無かったことに安堵し、こんな提案をしてくれた。
「部屋替えをしよう、アリー。明日は外出か。部屋は用意しておくから、外出から戻ったら新しい部屋で休むといい。今晩はもう部屋に戻ったら、鍵をかけて休んで構わないよ。もしマイが変な時間に戻ってきても、別の部屋で寝かせるから。荷物を運び出す時は修道士を立ち会わせる」
どうやらマイがシャドウマンサー<魔を招く者>に傾倒していると分かったことで、修道院長は、マイに対する認識を改めたようだ。
さすがに修道院長をやっているので、シャドウマンサー<魔を招く者>については、説明の必要もなかった。それにマイの部屋に黒いものや赤いものが飾られていることには、修道院長も気づいていたので、合点がいったようだ。
こうなるともう、明日ジルベールに会うに当たり、部屋に戻ったらブローチを探す必要があると感じた。
修道院長の執務室を出た私は、ナオミとキャリーに、部屋に戻ったらブローチを探すつもりだと打ち明けると……。
「私も探すのを手伝うわ」とナオミが言い、「私はロビーでマイが戻ってくるのを見たら、合図を送りますわ」とキャリーが言ってくれた。
合図を送る方法とは……。
キャリーはランタンを持参し、ロビーで読書をしているフリをする。もしマイを見かけたら、そのランタンで二階の私達の部屋へ合図を送るというわけだ。
こうしてキャリーは部屋にランタンをとりに行き、ナオミと私は部屋へ向かった。
部屋に着くと鍵をかけ、なるべく余計なものをいじらないようにして、ブローチを探すことにした。
カーテンは閉じているが少し隙間を作り、私が探している間、ナオミが窓から外の様子を伺い、キャリーの合図がないか確認する。しばらくしたら探すのを交代し、今度は私が見張りだ。
引き出しの中、クローゼット、本棚などは、ナオミであろうと、私であろうと同じように探すだろう。でもそれ以外は、お互い想像もつかない場所を探すことにもなる。だから交代で探すことにしたのだ。
その結果。
「あったわ!」
ブローチは壁とマットレスの隙間に隠されていた。しかもナオミがくれたハンカチにくるまれて。
「どうして私がアリーにあげたハンカチにくるまれているの?」
ナオミの問いに、私はこう答えるしかない。
「このハンカチ、生地が黒いから、マイに狙われないよう、気を付けていたの。でもこうやって持っているということは……。私が部屋にいない間に、勝手に……盗んだのだと思うわ」
これにはもう、ナオミと二人、顔をひきつらせるしかない。
今、ブローチを探すため、マイの机の引き出しやクローゼット、本棚などを勝手に開け、探すことになった。だから文句は言えないのかもしれない。
でも……。
マイは私から盗むために、引き出しやクローゼット、本棚を漁ったのだ。一瞬、ランスのスノードームをとられていないかと不安になったが、これは毎朝と毎晩確認していた。だから大丈夫だった。
「ひとまず見つかって良かったわ。キャリーには部屋に戻るよう、私が言うから、アリーはドアのカギをしっかりかけて、今日は休んでね」
「ありがとう、ナオミ」
「今晩はもう、マイが帰ってこないといいわね……」
こうしてナオミは部屋を出て行き、ブローチは一旦、ハンカチにくるみ、元に戻した。その上で寝る準備を進め、部屋に鍵をかける。
ベッドに潜り込んでしばらくは、マイが今晩帰ってこなかったとしたら、どこで何をしているのかと考えた。お金はもっていたと思う。でもほぼ身一つだ。
そもそもなぜ逃げ出す必要があったのか。
マイが盗んだとバレないように、ブローチは持ち主に返すと伝えたのに。
ジルベールにインク瓶を投げつけてしまったから……?
ともかくマイの言動を理解するのは……難しい。
そんな風に考えているうちに、眠りに落ちた。
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新作完結しました!全4話です。
『ざまぁと断罪回避に成功した悪役令嬢は
婚約破棄でスカッとする
~結局何もしていません~』
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