57:もし彼がここにいてくれたら
ジルベールの言葉に励まされたものの、自室に戻るには勇気が必要だった。マイは冷静に戻ったと思うが、何が引き金になって豹変するか分からない。ひとまずオリアのブローチを取り戻し、ジルベールに渡すことができたら、修道院長に部屋の変更をお願いしようと思った。
いくら古参で、これまでいろいろなメンバーと部屋を同じくしてきた私でも、マイの荷は重すぎる……。
せっかくジルベールに励まされたのに。二階の階段に上る頃には、足が重く感じていた。
ランス……。
ふと彼のことを思い出した。
マイに振り回され、彼を想い、甘い気持ちに浸ることなどできないでいたが。
もし彼がここにいてくれたら……。
「アリー様のことは、自分がお守りします」
そう言ってマイのことを追い出し、オリアのブローチも取り戻してくれるはずだ。
いや、ダメ。
そんな風に都合よくランスを頼っては。
彼は彼で今頃、これからの二人のために、王都で動いてくれているはずなのだから。
王都から遠い村の修道院で起きている、こんな些末な出来事のために、聖騎士であるランスを巻き込むわけにはいかない。
部屋の扉の前で、深呼吸をすると。
ノックをして「入るわよ」と声をかけ、扉を開ける。
いない……。
マイは部屋にいなかった。
先に一度帰って来たのだろうかと部屋の様子を確認するが、戻った様子は感じられない。
そうなると夕食の時間まで、この部屋でマイがいつ戻るのかと待つことになったが……。
心臓がドキドキだった。
そこで祈りの書を読み、心を静めることにした。
でも結局、夕食までの時間に、マイが部屋に戻ることはない。
仕方ないので食堂へ向かい、そこでナオミとキャリーと合流する。
食事をとりながらの会話は、明るいものしたいと思い、ジルベールから預かった手紙をナオミに渡す。
「ジルベール様の直筆の手紙! ねえ、アリー、これは私がもらっていいかしら?」
ジルベールからの手紙を受け取ったナオミの目は、キラキラと輝いている。
「勿論、それで構わないわ。それにこれまでもジルベール様の手紙は、ナオミが全部持っているでしょう?」
するとナオミは「えへへへ」と笑い「でも時間が経つと、手紙についているジルベール様の残り香が消えてしまうの。だからこうして新しい手紙が手に入ると、嬉しくなっちゃう」と言い、頬が緩む。
確かにジルベールが渡してくれた封筒からは、ほんのりカルダモンを思わせる香りがしている。甘いけれど爽やかさを感じさせる香りで、特にホリデーシーズンのこの季節は、パン屋の近くに行くと同じ香りがして、ジルベールのことを思い出してしまう。
「それで手紙には、何が書かれていたの?」
キャリーに言われ、ナオミは慌てて封筒を開ける。そして中の手紙を取り出し、テーブルの上に広げた。三人とも食事を食べる手を止め、手紙を見る。
そこには、明日10時に迎えの馬車が修道院に着くので、それに乗り、ホリデーマーケットが行われる町の広場の入口まで来るようにと書かれている。馬車が止まった場所で、ジルベールは待っているという。気を付けてくるようにと、気遣いの言葉も書かれていた。
「いつ見ても、ジルベール様の字は美しいわね」とキャリーが言うと、ナオミは「うんうん」と頷いている。「気遣いが感じられて素敵よね、手紙でもジルベール様は」と私が言うと、ナオミは「でしょ、でしょ」とご機嫌だ。
こうして食事が終わるまでは、ホリデーマーケットの話で盛り上がった。キャリーも里親候補と明日、ホリデーマーケットを訪れるという。お茶の時間にあわせ、修道院に迎えがきてくれるそうだ。
食事が終わり、紅茶を飲み始めたタイミングで、本題に入ることになった。
つまりマイと公園で会い起きたことの顛末、そしてそこにジルベールが現れた件だ。すべてを聞き終わると、ナオミとキャリーは真っ青になり、食堂を見渡した。どうやらマイがいないか確認したようだ。私も見渡したが、マイはいない。
その確認を終えると、ナオミは私の手をぎゅっと握った。
「アリー、あなた一人でそんな怖い目にあっていたなんて! ごめんなさい、私が同行しなかったから、一人で心細かったでしょう!」
「ナオミ、それは気にしないで。一人で行くことを決めたのは、私なのだから」
「アリー……。でも本当に無事で良かったわ……」
ナオミがもう一度、私の手をぎゅっと握りしめた。
「もう本当に、そのマイは怖すぎますわ。ジルベール様に徹底的に調べてもらって、この修道院とは別の場所に、少なくともアリー様とは別室になっていただきたいわ」
キャリーは涙目で、震えている。
でも、それはそうだろう。
特にキャリーはまだ十五歳で、貴族暮らしの方が長い。マイのような人物とは、関わらずに生きてきたはずだ。いや……私だってそうだ。孤児院や修道院には問題児がいると思われがちだが、だからといって、マイのような人間が当たり前のようにいるわけではない。
「ブローチは返す……と言っていたけれど、本当に返してくれるかしら?」
キャリーの疑問は、私も同じだ。
「そこが心配。ただ、夕食の時間にも、部屋に戻ってこなかったのよね」
私がそう言うとナオミは「修道院には戻ってきているのかしら? 確認してみない?」と提案した。
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