55:禁句
病院にお菓子を届けた帰り、他の修道女と修道士と別れ、私は公園へ向かった。
私は修道院でも古参であり、それに今日、病院へ向かったのは、仲のいい修道女と修道士。よって彼らは公園に寄ると言う私のことを、詮索することもない。
こうして公園に向かうと……。
いる。
初めて会った時と同じ、黒のワンピースの上に、裏地は赤、表地は黒のフード付きローブを羽織って……何をしているのだろう?
見ると木の棒を使い、地面に幾何学模様を描いている。
つまりはシャドウサークルを描いていた。
「マイ、これ、いるかしら? 黒のインクよ。中身は空だけど、容器は黒のガラス製。錫合金の装飾が付いているし、赤いリボンもついているわ」
赤いリボンは私がおまけでつけたものだが、マイの目は、そのリボンとインク瓶に注がれている。
そして私の言葉を聞き終わると、マイはシャドウサークルを描く手を止めた。テクテクと私の方に近づき、手を出す。無言だが「欲しい」ということだ。
「渡す前に、私の話を聞いて」
無反応。でもインク瓶にも手を伸ばさないので、話を聞くつもりだと理解した。だから私は話し始める。
「私達がいる修道院は、貴族の寄付で多くの費用をまかなっているの。もし寄付をもらえないと、数ヵ月で修道院も孤児院もなくなるわ。もし今いる修道院がなくなったら、どうなると思う?」
マイは無表情に私を……眺めているだけだ。答えるつもりはないのだろう。話を続けることにした。
「この村にはもう一つ、孤児院があったわ。でもその孤児院の子供が、寄付をくれていた貴族の庭園から薔薇を盗んだの。転売しようとして。その結果、寄付をもらえなくなり、孤児院はつぶれたの。そこにいた孤児達は――」
そこで言葉を止めると、マイは「眺める」から、私を「じっと見る」に変わった。
答えを……知りたがっている。
「奴隷商人に売られたの。夜の間に。朝になったら孤児達は数名を残し、消えていたわ」
答えを知ることができたので、マイの目は「眺める」に戻った。
「もしも私達がいる孤児院と修道院も寄付を失ったら、同じ道をたどると思う。でも……奴隷として売られるなら、まだマシだと思うわ。もし人攫いにあって、娼館なんかに売られたら……。魔物の召喚もできなくなる」
最後の一言にマイは、分かりやすくピクリと頬を動かし、反応した。
「……マイは思い当たることはない? 黒い宝石。しかも透明。滅多に見かけない。珍しいわよね。しかも赤い宝石まで一緒だったら……。欲しくなるかもしれない。でも、もし、それを本人の承諾なしに手に入れたのなら……。大変なことになるわ」
マイの目が、初めて大きく見開かれた。
バレていないと、思っていたのだろう。
でもそれはそうだ。
あの場で盗んだことに、気づいた人はいなかった。
気づけば指摘されていたはずだ。
それだけ、マイの手口は巧妙。
そして……過去にも同じような手口を使い、成功していたのだろう。
「私は明日、町へ行くわ。そこでそれをうまく持ち主に返すことができると思うの。もし思い当たることがあるなら。黒い宝石と赤い宝石がついたアクサセリー。町の貴族の令嬢がブレザーにつけていたものよ。代々彼女が通う学校に伝わる、由緒正しいもの。紛失日付から逆算し、状況を加味して、疑われる前に。返した方がいいと思うわ」
マイが私を見た。
「なんで……分かったの?」
「分からなかったわ。盗った瞬間は。でも部屋で……」
するとマイは「ちっ」と舌打ちをした。そして「分かったわ。仕方ないから、それは返してあげる。だからまず、それをよこしさない」と、私が手に持つインク瓶を、自身の手でひったくるように奪った。
男爵令嬢だったのに。
とても手荒だった。
どうして?と思い、つい尋ねていた。
「なぜそんなに、手荒に扱うの?」
その瞬間、マイの目が吊り上がり、祈りの書に描かれていた悪魔のような顔つきに変わった。
「あんた……性懲りもなく、またその言葉を言ったわね……」
低く呻く声でそう言うと、マイは口をカッと開け、唾を飛ばしながら大声で怒鳴り始めた。
「人の物をさんざん奪っておいて何よ! あんたはそうやってなんでもかんでも奪っていったじゃない! うさぎのぬいぐるみも、ペギーも、友達も婚約者も。全部あんたが奪ったのよ!」
これにはなんのことかと、ぽかんとしてしまった。
マイの目に、私は誰として映っているのだろう?
手荒に扱うのかという言葉が引き金になり、マイの中の何かに火がついてしまったようだ。
「盗人はアンタよ! この嘘つき女! 復讐してやる! 復讐してやる! 復讐してやる! 魔物にお前の魂を喰わせてやる!」
マイがものすごい勢いで、手にしていたインクの瓶を投げてきた。
当たる!と思い、両手で顔と頭を庇おうとしたが、瓶はぶつからなかった。
「えっ……」
驚き、顔をあげると、自分の目の前に、男性の後ろ姿があった。
このミルキーブロンドの髪、そしてスラッとした黒の上質な外套は――。
「君、人に物を投げつけるなんて、やめたまえ。もしも僕がいなかったら、怪我をさせていたところだ。そうなれば君は、牢獄行きだ」
間違いないわ。この声は!






















































