52:衝撃的だった
サンタベリー子爵の屋敷から戻ると、他の修道女や修道士、孤児院の子供達は晩御飯を楽しみにする。
御礼を届けに行っているのに。
結局、御礼以上のお土産を沢山、持って帰るからだ。砂糖菓子やチョコレート、舶来品の外国のお菓子など、もう、みんな大喜び。
一旦自室に戻り、そして食堂へ行くのだが……。
私はみんなが喜ぶ顔を考え、それで気分が盛り上がるのと同時に。
みんながウキウキ気分の中、何を考えているか分からないマイは、部屋に入るなり、何かを隠すようにポケットから取り出した。
別に見るつもりはなかった。
でも、それはとてもキラキラしていたから見えてしまったのだ。それは宝石だ。アーモンド形の、花びらを模した六枚の、黒いのに透明感のある宝石。中央には赤い宝石が一粒。
見たことがあった。
これは……サンタベリー子爵のご令嬢オリアが、制服のブレザーにつけている生徒会長を示す宝石では……?
彼女が通う寄宿学校の中等部に、代々伝わる生徒会長を示すブローチ。
見間違えるはずがない。
通常は三年生がなる生徒会長に、オリアは一年生の時から就任している。だから私はそのブローチをこの三年間。ずっとサンタベリー子爵の屋敷を訪問し、オリアに会う度、見てきたのだから。
なぜ、マイが持っているの……?
まさか。
マイは今日、貧血だと倒れこみ、オリアに手を貸してもらっていた。その時に盗んだのでは……? その可能性は……高い。そのブローチの宝石は、黒と赤い宝石が使われている。そしてマイはなぜか赤と黒に執着していた。
欲しい……と思ったら、他人の物でも平気で盗んでしまう人なの……?
衝撃的だった。
どうしたらいいのだろう? もし彼女がオリアのブローチを盗んでいたと修道院長に話せば、当然、彼はサンタベリー子爵に報告することになる。そうなればサンタベリー子爵は……。
そんな手癖が悪い人間がいる孤児院や修道院に寄付はできない――となる可能性がある。もしそんなことになれば、このバーリン孤児院も修道院も大打撃だ。
寄付金がもらえなくなるだけではない。
素敵なお土産ももらえなくなれば、みんな悲しむだろう。
ナオミもジルベールとも、二度と会えなくなる。
何にもまして怖いのは、悪い噂が広がること。
サンタベリー子爵はきっとショックを受け、寄付はやめても、マイがブローチを盗んだと誰かに話すことはないだろう。でも突然、寄付をやめれば、周囲の貴族は「なぜ……?」と思い、様々な推測をする。それは噂として広がっていく……。
そうなるとバーリン孤児院と修道院への寄付を、他の貴族が止めてしまうかもしれない。
他の人は皆、マイがブローチを盗んだと気づいていないと思う。うまく取り戻し……。
そうだ!
明後日の日曜日。
ジルベールとナオミと、ホリデーマーケットに行くことになっている。そこでジルベールに事情を話し、こっそりオリアに返してもらえば……。
ジルベールならきっと事情を理解し、公にせず、動いてくれるはずだ。
それにしても、どうしてこんな恐ろしいことを、マイはしたのだろう? 修道院へ来ることになったのは、この窃盗癖のせいなのだろうか?
今頃、サンタベリー子爵家では、オリアの生徒会長を示すブローチがなくなったと、大騒ぎしているはずだ。オリアが困っていると思うと、一刻も早く返してあげたくなる。
「アリー、夕食に行きましょう!」
ノックの音と共に、ナオミの声が聞こえる。
部屋まで誘いに来てくれるなんて、ジルベールに会えて、ナオミはこの上なくご機嫌なのだろう。
「はーい、今行くわ」
私はチラリとマイを見るが、文机の椅子に座ったマイはこちらへ背を向け、何をしているかは分からない。
それに昨日も声をかけたが「食堂は一人で行くので放っておいてください」と言われてしまった。それでも「マイ、私、先に食堂に行くね」と声をかける。
マイはジロリという感じで私を一瞥すると、視線を机に戻した。
そのままナオミとキャリーと共に食堂へ向かい、私は二人に先ほど見たブローチの件を話すことになった。どのみち、ホリデーマーケットにはナオミと行く。ブローチをこっそりジルベールへ渡したら、勘違いされてしまうかもしれない。
だからあらかじめナオミには話すつもりだったし、ナオミと同室のキャリーとは、行動を共にすることが多いから、隠し切れないと思った。だからこの際、話すことにしたのだ。
私の話を聞いたナオミは、驚きより憤慨している。
「信じられないわ! 元は貴族の令嬢でしょう!? それが人の物を盗むなんて!」
ナオミが立ち上がりかねない勢いで怒り出すので、隣に座るキャリーが慌てて声を小さくするように言い、落ち着くよう肩を押さえる。
金髪でエメラルドグリーンの瞳のキャリーもまた、元は貴族の令嬢で、現在は15歳。家が没落し、一家は離散。両親は行方知らずで、キャリーはこの修道院にやってきた。
大人しく礼儀正しいキャリーは、修道院に何度か訪れた貴族の夫妻から気に入られ、里親の話が出ている。今日もその里親候補の貴族に、会いに行っていた。
「でもそれ、本当に私達だけで対処していいのかしら? 修道院長に、話さなくて大丈夫かしら?」
キャリーが心配そうに、私、ナオミの顔を順番に見る。
するとすぐにナオミが反応した。
「そんなことをしたら、大変なことになるわ! この村には孤児院がもう一つあったの、キャリーは知っている? そこに収容されていた子供が、貴族のお屋敷に招待されたの。庭園で行うお茶会。そうしたら庭園の薔薇を勝手に摘み取ったの。綺麗な薔薇だから、花屋に売るって」
そう言えばそんなこともあった!
「そうしたらその貴族は、大激怒でその孤児院への寄付を止めしまった。そして知り合いの貴族にも、人の善意を悪意で返す子供がいるって話してしまって……。みんな寄付を止め、その孤児院は廃止されたのよ。そこにいた子供達は、奴隷商人が来て、こっそり買い上げたらしく、ある朝確認したら、数名を残してみんな消えていたって……」
ナオミの話を聞いたキャリーの顔が青くなる。青い顔のまま、でもなんとか口を開く。
「では修道院長に話し、大事になると危険ということですね。私達でマイから取り戻し、ジルベール様に渡し、なんとか事なきを得る必要がある……」
ナオミと私は、力強く頷いた。






















































