50:ニタリと笑う
初対面の印象からして。
マイは……かなり変わっていると思った。それでもなんとか挨拶をして、でも変に日和らないようにしながら、うまくやっていこうとしたのだが……。
修道院長が去り、部屋に入った私は、自分のベッドへと向かった。
この部屋は左右対称にすべてが配置されている。
壁際にベッド、ベッドの斜め、窓の前に文机と椅子。ベッドの足元にクローゼットがある。壁にはいくつか板が取り付けられており、それが飾り棚になっていた。本を置いたり、花を飾ったりする子もいる。ちなみにマイはそこに、黒い薔薇のドライフラワー、カラスの羽、黒いガラス玉を飾っていた。
私がトランクを開け、中に入ったものを取り出し、片づけをしていると。
マイはベッドに座り、背を壁に預け、足を両手で抱え、じっとこちらの様子を見ている。
そして。
「あっ、それっ!」
突然、ベッドを降りて、マイが私の所へやってきた。いきなりの大声にも、急にそばにやってきたことにも、ただただビックリしてしまう。
「な、何かしら?」と尋ねると、マイは黒い巾着を指さす。その巾着は、私が端切れで作ったもの。イブニングドレスを作るために使われ、余った布が修道院に寄付された。黒い生地に砂金を散らしたかのようでキラキラしており、とても美しい。
巾着にして、赤い薔薇を刺繍し、石鹸やハンドクリームをいれていた。
「えっと、この巾着に何か問題ある?」
「……欲しい」
「えっ」
唐突に欲しいと言われ、驚いてしまう。
「もしかしてデザインが気に入ったの?」
「違う。黒と赤い薔薇」
「あ、なるほど」
私の刺繍を気に入り、欲しいのだったら、嬉しかった。だが、色とモチーフが気に入ったと。そこは少し残念に感じるが、確かにマイの持ち物は黒が多い。
そこで巾着の中身を取り出し「よかったらどうぞ」と、黒い巾着を渡す。マイは「ありがとう」とニタリと笑う。
その後も……。黒いものや赤いものが出てくると、マイはそれを欲しがる。
結局。
黒い生地で装丁されていた本。フラットシューズを入れていた、紫だが黒にも見える生地に赤いリボンがついた袋。黒い靴下まで欲しがった。
「この靴下は、私が履いて洗った物よ。こんなものまで欲しいの……?」
そこでようやくマイは、何か自覚したようだ。
「それは……いらない」
引き下がってくれたことに安堵する。
同時に。
私から離れ、マイが自身のベッドに戻った隙。
急いで私は黒いハンカチを、机の引き出しにしまった。
このハンカチは、ナオミが端切れで作ってくれたもの。
金糸は手に入らないので、黄色の糸で星と月を刺繍し「アリーのペンダントとお揃いに見えない?」とプレゼントしてくれたのだ。
チラッとマイの方を見る。
ベッドに乗り、壁にもたれて座ったマイは。
先ほど手に入れた黒い生地で装丁された本を見ている。
マイが見ている本は、聖女や魔物、聖騎士について書かれたものだ。貴族からの寄付本の中で見つけた一冊で、黒い生地で装丁されていたのは、少しオカルト感を出すためだと思っている。
その本をトランクに入れていたのは、聖女となり、神殿に滞在するとなると、ロマンス小説は持ち込めないと勝手に思っていた。そこで暇つぶしになり、かつ、聖女が持っていてもおかしくない本として、トランクに入れていたというわけだ。
どうやらマイは、その本に興味を持ったようで、熱心に読み始める。
その後、トランクの中身を取り出し、片づけをしている間、マイが話しかけてくることはなかった。
◇
「アリー、おかえり……! まさかもう一度、会えるとは思わなかったわ」
夕食の時間となり、食堂でナオミと再会した。
ブルネットで碧い瞳のナオミは、私より一歳年上。
身長もあり、スタイルがよく、メリハリのある体形をしていた。
他の修道女仲間も、私のそばに集まってくれる。
なんだかんだで孤児院からずっとここにいるので、私は古株だった。
だから知り合いの修道女も修道士も多い。
「ねえ、アリー。せっかく戻って来たのに、部屋が別々になって残念よ。何より、あのマイって子、不気味じゃない?」
夕食をのせたトレイを手に席に座ると、ナオミがマイについて話し出す。
「あの子ね、貴族の子だからって、奉仕活動の一部を免除されているのよ。自分が勉強をする時間に当てたいからって。その時間に何をやっているかと思ったら……」
奉仕活動は村に出て、清掃活動をしたり、植木の手入れをしたりする。ナオミとキャリーは公園で花壇の雑草を抜いていたのだが、そこにマイがやってきたという。
「何をするのかと思ったら、罠を作ったのよ。鳥を捕まえるための」
ナオミが眉根を寄せ、話を続ける。
そんな簡単にカラスを捕まえることができるのかと思ったら、マイはこれまでもカラスを捕まえたことがあるのか、あっさり捕らえることに成功したのだという。
「もうカラスはぎゃあぎゃあ鳴いて暴れるのよ。でも一切マイは顔色を変えることなく、カラスをつかんで、羽を何枚か引き抜いたのよ!」
ナオミの言葉に「えええええっ」と思わず声が出てしまう。
公園にいた子供達は驚いて逃げ帰り、ナオミやキャリーを含めた六人いた修道女のみんなも、もう怖くて震えたという。
そこで思い出す。
部屋の飾り棚に立派なカラスの羽があった。
あれはてっきり羽ペンか何かと思ったのだが……。
まさかマイがカラスを自ら捕まえ、むしり取ったものだったなんて!
ちょっと変わっていると思ったが、なんだか狂気を感じてしまう。
しかも手慣れた様子でカラスを捕まえているということは。
この修道院に入る以前にも、カラスを捕まえていたのだと思う。
男爵令嬢で30歳。
修道院に入ることになったのは……婚期を逃しただけではなさそうだ。
聖女になれず、修道院に戻ったら、同室者は変わり者。
ランスはいつ迎えに来てくれるか分からない。
なんだか不安になりながら、食事を終えた。






















































