49:精いっぱいの笑顔で
私を修道院に送り届けてくれたランスは、修道院長に今回の顛末をすべて報告してくれた。つまり、私が聖女ではなかったことだ。
修道院に逆戻りだったのだから、修道院長も既に私が聖女ではないことが分かっていた。だからランスから改め報告を聞いても「あんなに嬉しそうに王都へ向かったのに。残念だが仕方ないですね」と、変わらず優しく私を迎えてくれる。
これには胸がジーンと熱くなった。
帰る場所があること。迎えてくれる人がいることに、涙が出そうになった。
その一方でランスは、盗賊に襲われそうになったこと、魔物の襲撃に遭遇したことも、修道院長には報告している。盗賊の件は、パーク男爵の件も含め、詳細に話したようだが、魔物の件は一言二言で済ませていた。
ペンダントがないと、私が魔物を引き寄せるかもしれない……という件は、伏せてくれている。
さらに私の身の上について聞くことで、両親につながるペンダントを見せてもらったこと。そのペンダントをもとに、王都で私の両親を見つけられないか、調査してみることにしたと、修道院長に話してくれた。
その上でランスは……。
「アリー様の両親や身内につながる発見があった場合、自分は彼女を伯爵家の屋敷に引き取らせてもらおうと考えています。近いうちに調査の報告も兼ね、またここに足を運ぶつもりです」
私のことを愛していて、結婚するつもりで引き取りたい――とは、さすがに現役聖騎士のランスでは、言うことができない。でも調査の報告でまた修道院へ来るつもりであること、私を引き取るつもりであると、話してくれたのだ。
「聖騎士を辞めたら、迷うことなく『アリー様と婚約し、結婚します。彼女は修道院を出て、一緒に王都へ向かいます』と修道院長には話すつもりです。今は表向き明言できないこと、お許しください」
そう言ってランスは、とても切なさそうな顔をする。もうその表情を見ただけで、彼の真剣さは伝わってきたし、今はこんな言い方しかできないことを、歯がゆく思っているとよく理解できた。だから私も素直に「お待ちしています」と応じたのだ。
こうしてランスは、ティータイムには村を出た。
本当は修道院に泊まることもできたが、彼は「一刻も早く王都へ戻り、アリー様を迎える準備を進めます。勿論、ペンダントのことも調べますから」と、先を急いだ。
昨日、一泊した宿場町に泊り、そして翌日には王都入りするつもりだという。
ランスを見送る時。
胸が引き裂かれそうに感じた。
涙だって、でそうだった。
でも、私が泣いたら、ランスはさらに悲しくなる。別れを苦しく思っているのはランスも同じ。だから精いっぱいの笑顔で旅の無事を祈り、彼を見送った。
「アリー、謝らなければならないことがある。実はみんな、君が聖女だと早とちりして……君の部屋はキャリーが今は使っている。代わりに新しい部屋に案内することになるけど、同室者は、アリーが王都にいる間にこの修道院にやってきた、マイという、アリーとは一回り年上の30歳の元男爵令嬢だ。彼女と同室になるが、仲良くやってもらえるかい?」
ランスを見送った後、修道院長はこう私に尋ねた。
修道院の宿舎は、新人は六人部屋、ベテランになると、二人で一部屋となる。仲の良かったナオミと同室ではなくなるのは残念だが、仕方ない。私だって修道院を出る時、自分が出戻るなんて想像していなかったのだから。
「分かりました、修道院長。そのマイという方と仲良くなれるよう、頑張ります」
30歳の元男爵令嬢ということは。
嫁の貰い手がつかず、でも兄弟が結婚し、屋敷で肩身が狭くなり、修道院にやってきた……というパターンだろう。
この場合、最初は他者を遠ざける傾向が強いから、ぼちぼち仲良くやっていくしかない。今も仲良しのナオミも、貴族の愛人の隠し子としてこの修道院にやってきて、最初は口もきいてくれなかった。でも仲良くなれたのだから。大丈夫。きっとマイとも仲良くなれる。
修道院長と共にトランクを持ち、新しい部屋へ向かう。
白髪交じりでひょろりとした修道院長は、歳は50代で、温和で濃いグレーのローブがよく似合っている。見慣れたその姿の修道院長と、これから暮すことになる部屋の扉の前に到着した。
「マイ、今朝話した同室者の方が到着した。扉を開けてもらえるかな?」
そう言って修道院長が、扉をノックすると……。
ドタドタと室内から音がして、細く扉が開いた。
隙間というぐらいの細さなので、マイがどんな女性か分からないが、瞳は琥珀色だ。
修道院長がグッと扉を開けようとすると、マイがそれを阻止する。
「もう少し開けていただけないと、マイ」
「少しお待ちいただけませんか」
無理矢理入るわけにはいかないので、廊下で待つことになった。しばらく修道院長と王都のことや神殿のことを話していたが……。ひとしきり話し、盛り上がり、会話もひと段落した。でも扉が開く気配はない。
そこで再度、修道院長が声をかけ、それでもまだ待たされ、ようやく中に入れてもらうことができた。
部屋に入り、いろいろと驚く。
修道女が暮らすこの宿舎のカーテンは、ベージュで統一されていたはずだ。それが真っ黒だった。さっきまで閉じていたのを慌てて開けたからなのか、乱雑に端へ寄せられた状態の黒いカーテンを見つけ、まずぎょっとしてしまった。
さらにマイのベッド付近に散乱する黒い羽毛。床にはポタポタ落ちたらしい蝋の塊。さらに床には、白いチョークで書かれた幾何学模様のようなものの跡が見えた。急いで消したが、完全に消えていない。そんな状態だ。
マイは一体この部屋で、何をやっていたのだろう……?
しかもマイは元男爵令嬢なのに、髪が短い。ボブの長さだが、それはどうも自分で切ったようでバサバサしている。
元貴族の令嬢は、修道院に入っても、自慢の髪は長いままにしていることが多い。マイのように短いことも、自身で切ったらしいことにも、驚いてしまう。
しかも黒のワンピースの上に、裏地は赤、表地は黒のフード付きローブを羽織っている。
室内でフードを被っているのは珍しいし、裏地が赤というのもインパクトがあった。
修道院長がマイに私のことを、私にはマイのことを簡単に紹介してくれるが、頭に入ってこない。
「ではマイ、アリー、仲良く頼むよ」
微笑んだ修道院長が、部屋を出て行った。






















































