4:ペンダント
私の生い立ちを聞いたランスは、そのターコイズブルーの美しい瞳から、朝露のように美しい涙のしずくを落とした。
「アリー様がそんな身の上だったとは……! きっとご両親は、やむにやまれぬ理由があって、あなたを孤児院の前に残したのだと思います。決して、自分はこの世界から必要とされていない――そんな風には思わないでください」
そう言ったランスは、私の手をぎゅっと握りしめる。握りしめられて、彼の手がシルクのような肌触りであることを実感した。温かく、私より大きい手を、とても頼もしく感じ……。当然だが、胸が高鳴ってしまう。
「アリー様と一緒に在ったというそのペンダント、見せていただけませんか。孤児院の職員も調べたとのことですが、それは限度があるでしょう。自分であれば、そういった調査に長けた人物ともつながりがありますから、持ち主が誰だったのか。特定できるかもしれません」
「それはもしかすると両親が見つかるかもしれない……ということですか?」
ランスは私から手を離し、自身の涙をぬぐい、頷く。
両親が見つかるかもしれない……!
それは嬉しさと同時に、不安な気持ちも喚起させる。
どのような理由があれ、私は孤児院の前に置き去りにされていたのだ。それは私が邪魔だったから……という可能性だってある。両親を見つけたら、どうしたって会ってみたくなるだろう。それは両親にしてみたら……迷惑なことになるかもしれない。つまり今さら会いに来られても困る――ということも考えられた。
それをランスに話すと、彼は首を振る。
「もしも二度と会いたくないと思ったら、ペンダントを残すことはないでしょう。それを残したということは。将来、会いたいと思ったら、自分たちに会いに来てほしい――そういうご両親からのメッセージに思います」
この指摘には「確かに!」と思ってしまう。
かなり珍しいペンダントだと思うが、ペンダントとしてそこに存在しているならば、それを作った人がいる。あの夜空を閉じ込めたようなガラス玉を、作り出した人がいるのだ。そこから持ち主を見つけることだって、できるかもしれない。
会いたくないなら、身元の特定につながる物を残さない。それが妥当に思えた。
「ランス様の言葉には、一理あります。ペンダントをお見せしますね」
首元のチェーンを手繰り寄せ、あの透明な夜空が閉じ込められたかのようなガラス玉を、ランスに差し出す。彼は私からその石を受け取った瞬間。頬がほんのり赤くなる。
なぜ、今、顔が赤くなっているの……?
これにはもう、疑問でいっぱいになる。
同時になんだかランスが、輝いているように感じた。
これは何かしら? 魔物が見えるのと同じように、私は何かこれまで見えなかったものを、見られるようになっているのかしら?
「し、失礼しました。このガラス玉の美しさと……その、ほんのり感じた温かみに……いえ、何でもないです。それより、これを描かせてください」
そう言うとランスは、羊皮紙と羽ペンを用意し始めた。私はペンダントをはずし、彼に渡す。するとランスは、ペンダントをサラサラと羊皮紙に描いていく。
「! ランス様、絵がお上手ですね!」
私の言葉に、今度は笑顔で頬を赤くした。
「絵は……そうですね。子供の頃から描くのが好きでした」
私が昼食の片づけをしている十五分の間に、ランスはペンダントの絵を描き終えていた。
「何か分かったら、必ず連絡をします」
「ありがとうございます」
ペンダントを受け取ろうとするとランスは「私がつけますから、髪を持ち上げていただいてよいですか?」と聞かれた。そこで私は下ろしていた髪を両手で持ち上げ、「お願いします」と声をかける。
立ち上がり、私の背後に回ったランスだったが。
なかなかペンダントをつけてくれない。どうしたのかと思い、振り返ると、ランスの瞳が潤み、顔も赤い。
「すぐにつけます!」と怒鳴るように答えた彼は、ペンダントを私の首につけながら、独り言のように囁く。「女性のうなじって……」と。
女性のうなじ? うなじに何かあるのかしら?
普段、髪をおろしている。
何か作業をしている時、修道院ではウィンプルを着用していた。
うなじなんて、自分では見ることはない。けれど私のうなじは、ランスの顔を赤くさせるような要素があるのかしら……?
そんなことを思っているうちに、ペンダントはつけ終わり、出発することになった。このスペースにいた沢山の馬車も、昼食を終え、移動を開始している。
馬車を走らせ、三十分ぐらいした時。
私達の馬車を、二人の男性をそれぞれ乗せた馬が追い抜いていった。
追い抜いてそして……。なぜか私達の目の前で馬を止めた。
ランスも慌てて馬車を止める。
「よお、聖騎士の兄ちゃん。聖騎士が女連れとはどういう領分だい? しかもどう見ても貴族の令嬢というわけでもない。金目のものはなさそうだけど……。まあ、女はな。いい年頃だ。娼館に売り飛ばすことができる。それになんだかペンダントをつけていたよな。あれも金になるかもしれん」
栗毛の馬に乗る、中肉中背で髭面の、まさに悪人面の男が、ランスに話しかけた。その隣にいる、同じく栗毛の馬に乗る少し小太りな男性は、私を見て、ニヤリと笑った。
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