46:絶対に、もう一度
飲むと「疲れがとれる!」と評判の、とても冷たくまろやかで、人によってほのかに甘味を感じるルルーシュの泉。この泉を飲めば、ランスも元気になってくれるかもしれない。そう思い、立ち寄ることにしたのだが……。
私の手を取り、歩き出したランスは、なんだかとても元気。獣の道のように、皆が踏み鳴らした結果、泉までの道筋は説明するまではなかった。ランスは、まるで以前来たことがあるかのように、迷うことなく私をエスコートしてくれていたが。
「アリー様、もしやもうすぐで泉ですか?」
「ええ、そうです」
今、周囲にランスと私達以外に人はいない。
でも泉につけば人がいるはずだ。
私達が馬車を止めたスペースには、荷馬車、幌馬車、四人乗り馬車が止まっていたのだから。
「アリー様、見てください。あれはキツツキでは?」
「あ、そうですね」
「少しだけ、見に行ってもいいですか? 王都ではキツツキは、あまり見かけないので」
「勿論ですよ」
踏み鳴らされた道から大きく離れるわけではないが、ランスはきちん戻ってこられるよう、目印に自身のハンカチを木の枝に結わきつけた。
律儀なランスに微笑ましくなる。
美しく紅葉した森の中を、ランスと共に歩いてく。
木々の中から差し込む太陽光が、森を照らす様は、なんだか幻想的だ。
それにランスと二人で歩いているからか。
ロマンチックに感じてしまう。
キツツキがいる木の下まで着た。
上を見つめることになるからか、ランスは兜を外す。
兜を外した瞬間。
風を受け、サラサラと揺れるホワイトブロンドは、やはりとても美しい。
「アリー様、キツツキはドラミングをしますかね?」
「どうでしょうか。人間が近くにいると、遠慮してしまうかもしれませんね」
私の言葉に、キツツキを見上げていたランスがクスクスと笑いだす。
「アリー様は可愛らしいですね」
「そ、そうですか」
好きな相手が微笑み、そして可愛いと言われれば、当然と言えば、当然。とても嬉しい。嬉しいけれど、照れ臭くもある。
「キツツキは人がいると遠慮してしまうかもしれませんが、自分は……遠慮するつもりはありません」
ランスが私の手をとり、キツツキが止まる木とは別の木へと移動する。「どうしたのかしら?」と思って彼の顔を見ると、ターコイズブルーの瞳が甘くきらめき、彼自身もキラキラしている。
「もうすぐ村に着きますよね。もう村へ入れば、アリー様は、修道院にいる修道女アリーとなってしまいます。そして自分は、王都からあなたを護衛して随行した聖騎士ランスです。……一度、王都に戻り、いろいろ都合をつけ、その後。アリー様を迎えに行きます。なるべく早く戻ってくるつもりですが……。しばらくは会えません」
それは……分かっていることだった。
分かっていることではあったが……。
改めて言われると、この後の別れが目の前に迫ってきたようで、胸が苦しくなる。
「アリー様、泣かないでください。あなたを泣かせたいつもりではないですから」
そう言うとランスは、私の頬を、兜を持たない手で包み込む。そして左目からこぼれ落ちる涙に、自身の唇で触れる。頬で感じるランスの唇の感触に、胸がキュンと高鳴ってしまう。
「もうお気づきかと思います。とても眩しそうな顔をされていますよね。……次に会う時まで、アリー様が自分のことを忘れないように。今一度。誓いを破らせることになり、申し訳ないのですが……。あなたのその唇に触れることを、お許しください」
「ランス様……」
今、魔物に襲われているわけではない。
それでも次にいつ会えるのかは……分からなかった。
ランスが言う、いろいろ都合をつける……それは一筋縄でいかないことに思えた。うまくいかない可能性も……あるかもしれない。でも私はランスを信じ、待つしかなかった。そして彼は信じるに値すると思う。
絶対にもう一度会える。
でもそれがいつになるか分からない。
本当に、いけないことだとお互いに分かっている。
一度だけだった。
最後にランスが私に口づけをしたのは。
◇(ランス視点)
昨晩、生まれて初めてキスをした。
しかも自分が心から愛する女性と。
どうにもならないぐらい、追い込まれた状況だった。
魔物は自然界に存在する動物や虫に姿を似せて現れる。そしてこの世界で、人間が最も恐れる陸上の生物は、間違いなくクマだった。東方ではクマではなく、トラが最も恐ろしいと言われているが、少なくともこの国……ローゼル王国とその周辺国では、クマが最強とされていた。
よって、そのクマの姿をとるビースト・デビルベアは、魔物の四天王の一角を担い、魔物としては“最強”と称されていた。
王立ローゼル聖騎士団でも、ビースト・デビルベアと遭遇した時、もし単独行動をしているなら、退避が絶対と言われていた。一度撤退し、聖弓を武器として与えられた聖騎士と共に、編隊を組み、再度挑むこと。そう教えられていた。
それなのに自分は、ビースト・デビルベアに挑むことを決意したのだが。
決意した理由は簡単だ。
本当に自分が一人だったら、勝てなかった可能性が高い。でもそばにアリーがいた。彼女がいるなら、勝てる自信があった。だから千体の魔物に匹敵するビースト・デビルベアがいるのに、あそこまで落ち着いていることができたのだ。
そして実際、アリーとキスをした結果……。
自分の中でみなぎった生命力の躍動は、とんでもないもの。次々と力が溢れ、放出しないと、自身が爆発してしまうのでは?と思うぐらい、力がみなぎった。
ビースト・デビルベアは……そんな自分の前で、呆気なく消滅した。
まだアリーの唇に、触れるようにキスをしているだけで。






















































