41:私の協力!?◎
どうやってもビースト・デビルベアを倒す必要があるのに。
そのビースト・デビルベアは、魔物の四天王であり、魔物千体に匹敵する強さだというのに。
どうしてランスはこんなに落ち着いているの!?
いや、落ち着いていない!?
ランスの輝きはじわじわと増しているし、時折、その輝きは強くなり、私は目を閉じることにもなっている。
この反応は私を見ることで起きているなら……。何を見て興奮しているのですか!?と問い詰めたくなる。
いや、それよりも。
「ラ、ランス様、ペンダントを早くつけていただけますか。でもこれをつけたところでビースト・デビルベアはそこにいるわけですが、勝算はあるのですか!?」
いまだペンダントをつけて終えていないランスの顔は、私の耳元だ。彼の温かい息を感じ、もう心臓が悲鳴を上げている!
「ええ、ありますよ。アリー様が協力してくだされば」
「わ、私の協力!?」
ペンダントをつけるのを止めたランスの手が、アンダーバストのあたりに添えられた。胸に触れらたわけではないのに。「何をするのですか!?」と言ってその手を掴んでしまう。すると閃光が走り、目を開けていられなくなる。
「ちゃんとコントロールし、暴走はしません。超えてはいけない一線を超えるようなこともしません。でもこうやってアリー様に協力いただければ、自分の生命力は強くなります」
それはつまり、せ、性的に興奮するということだ。
でもそんな……!
「聖なる武器で、聖剣で戦ってください!」
「聖剣では倒しきれません」
「!? な、どうして!」
「本当に申し訳なく思います。でも自分は聖剣よりも、この生命力で魔物を撃退してきたんです。これまでも、そして今も」
聖騎士は、この国にたった一人だけいる聖女に仕え、忠誠を誓い、生涯独身を通すのが慣例。つまり司祭や修道士と同じように、聖騎士であるならば、純潔が求められた。
それなのに!
魔物を倒せるというランスの生命力は……性的な興奮により高まるもの。
生暖かい風を感じた。
見上げると、はるか頭上にビースト・デビルベアの顔が見える……!
ペンダントをつけようとしていたのに。
急に止めた理由を理解した。
もう、すぐそこまでビースト・デビルベアは迫っていたのだ。
ランスは見えるわけではない。でも気配を感知していた。それだけビースト・デビルベアがまがまがしい気配を出していたから。
私は……ランスの行動に完全に翻弄され、ビースト・デビルベアのことが……頭から飛んでいた気がする。
「死にたくなければ、協力してください!」
「死にたくないので、聖剣で戦ってください!」
分かっていた。
あのサイズのビースト・デビルベアを倒すのに、聖剣では小さすぎると。つまようじで象に挑むぐらい、無謀だと。
「責任は取りますから!」
「えっ!」
ランスがぐいっと私の腰を抱き寄せる。
さらに荒々しく顎を持ち上げられ――。
「うんっ!」
こんなカオスな状態なのに!
ランスに唇を奪われ、私の体からは力が抜けていく。
でもランスは、細いけれど贅肉がなく、筋肉で引き締まった腕で、私の体を支えてくれている。
重なった唇で感じるランスの体温。
ベルベッドのような潤いのある唇の感触。
唇が触れあっているだけなのに、心臓は早鐘を打ち、体は震えている。
伸ばした手はランスの首筋に触れ、指で感じた彼の血管が、大きく脈打っていることに気が付く。うっすらと目を開けたが、すぐ閉じることになる。昼間のような明るさに目が眩んだ。
「!!」
私の唇のわずかな隙間から、ランスの舌が侵入してきて――。
初めての口づけなのに!
魔物を倒すため、生命力を高めるため、彼が性的に興奮するために利用されるなんて!
そう、これは協力なんかではない! 私は利よ――。
呼吸をするため、わずかに唇が離れた瞬間。
ランスの唇が動いた。その動きは「愛しています」と言っているように感じたが、口づけが再開され、確認することはできない。
頭が真っ白になりそうだったが、必死に彼の真意を考える。
「愛しています」と言ってくれたのだろうか?
私のことをランスは……好きなの?
ランスは口づけをする直前、「責任は取りますから!」と言っていた。
責任を取るとはどういうこと!?
というか、聖騎士なのに、口づけをしても許されるの!?
それよりも……ビースト・デビルベアは?
倒せたの!? 倒せていないの!?
確認したくなり、顔を動かそうとすると……。
顎を押さえていた手で、後頭部を押さえられてしまい、身動きがとれない!
それにランスの濃厚な口づけが繰り返され、体の芯がとんでもなく熱くなり、もはや立っていることもできなくなっている。唯一動く瞼を開けようとするも、変わらず世界は光に満ち、目を開けるのは無理だった。
◇
いくら経験がないとはいえ。
キスで意識を失うなんて。
恥ずかしすぎる。
穴があれば入りたい。
でも。
目が覚めるとベッドで寝ていた。
しかもカーテンの隙間から差し込む光は明るい。
もう夜は完全に明けている。
時間としては朝の8時近いぐらいか。
首を動かし、隣のベッドを見ると。
そこは使われた形跡はあるが、ランスの姿はない。
想像するに、キスで気絶した私を部屋まで運び、ベッドに寝かせてくれたのだと思う。
ブーツは脱いでいたが、ワンピースは昨日、着ていたもののままだった。
結果として、ランスの生命力はかなり強まり、“最強”と呼ばれる魔物の四天王であり、千体の魔物に匹敵するというビースト・デビルベアを倒すことは……できたのだろう。
そしてランスが隣のベッドで寝ていたということは。
その後、魔物は現れていない?
ランスの生命力の輝きが強すぎて、この辺り一帯の魔物を消失させた可能性もありそうだ。
そう言えばペンダントは……。
確認するが、まだつけていない。
大丈夫なのだろうか?
魔物は寄ってこない……?
一瞬不安になったが、ランスは寝ていたのだ。
だから……うん。
大丈夫。きっとこの辺り一帯の魔物は、消滅したんだ。
脅威は去ったと思うけれど。
魔物がいなくなったこのエリアから去り、ペンダントがなければ、私はまた魔物を引き寄せるだろう。
それに修道女なのに。
ランスと……口づけをしてしまった。それも何度も。しかもとても濃厚な、気絶するほどの口づけを。
ランスだって聖騎士なのに、口づけをしたのだ。
どうするつもりなの?
口づけを思い出し、そして喉の渇きを覚え、サイドテーブルを見ると。
そこに水の入った陶器のピッチャーと……。
スノードームがある。
昨日、芸術祭の限定品であり、残り二つだったスノードームを、ランスは購入していた。
そのスノードームの下に、メモが置かれている。
「アリー様。おはようございます。朝食を買いに行きます。すぐ戻りますが、このスノードームを試してみてください。自分の気持ちです」
これは……昨日、口づけをしてしまったことのお詫びとして、このスノードームをくれる――ということなのかしら?
いくら限定品でも。スノードームごときで、ちゃらにするわけにはいかないわ!
そう思いながらも、スノードームをひっくり返し、サイドテーブルに置いた瞬間。
スノードームの中に、模型はなく、白い雪の欠片が沈んでいた。
今、雪の欠片は上からハラハラ舞い落ち、何もないと思われた底の部分には――。
愛しています。
たった一言、この赤い文字が描かれていた。






















































