40:イメージが崩壊
これから姿を現す魔物は、とても強いとランスは言う。
さらに彼であっても、現状では倒せないと判断した。
それでいて聖女でもない私が協力すれば、その魔物を倒せるというのだ。
まったく理解できない。
理解できないと言えば、今のランスの動きだ。
彼は私の手を掴み、そしてもう片方の手で、私の鎖骨をその細い指で撫でている。
しかも少し頬が赤くなり、自身を包む光の輝きが増している。
ここは夜の森の中なのに。
彼が輝くことで、周囲がぽうっと明るくなっている。
明るくはなっているが、完全に明るいわけではないので、整ったランスの顔には陰影ができている。すると彼の鼻の高さ、美しい唇の形が浮き彫りになっていた。さらにその肌が陶器のように滑らかであることも分かる。
「アリー様に話していないことがあります」
少し吹いた風に、ランスのホワイトブロンドの髪がサラサラと揺れる。
「自分の魔物を倒すことができる生命力。これを異端の力と自分が評したのには、理由があります」
長い睫毛に縁どられたターコイズブルーの瞳は、森の中で深みが増していた。
「生命力というのはどんな場合に強まるのか。それを経験から理解したのですが」
美しい瞳の周辺の肌が、ほんのりとバラ色に染まる。
「……性的な興奮が高まると、生命力は強くなるのです。でも当然ですよね? あらゆる生物がこの世に生まれ、なぜ生きているのか? 鮭が生死をかけ必死に遡上する理由は、子孫を残すためです。かげろうは成虫になるまで長い時間を費やしますが、成虫になると数時間で死に至ります。ゆえに口も退化し餌を捕ることも食べることもできません。成虫になった数時間は繁殖のために費やされるのです」
ランスは……何を言い出しているの!?
「生命力が強くなるのは、性的に興奮した時です。その理由は妥当なもの。しかし自分は聖騎士であり、そんな興奮とは無縁であることを求められています。でも性的に興奮すればするほど、生命力は高まり、より強力な魔物を倒せるのです。矛盾していますよね。ですから自分は、この力を異端の力と呼んでいるのです」
美貌の聖騎士であるランスのイメージが崩壊していく。
どうしてこの神にも思える姿で、せ、せ、性的な興奮、なんて言葉を、何度も言えるのですか!?
というか……。
「ラ、ランス様が、度々光り輝くのって……」
「お恥ずかしい限りですが、性的に興奮した時です」
私は……彼が何度も光り輝く時を見ている。今だって、ぽわっと光っていた。ここにはランスと私しかいないのに。というか、彼が輝いた時って……。
すぐに思い出すのは、私の胸にランスの顔が……。
ま、まさか。
まさか、まさか、まさか!
この美しい聖騎士であるランスは、私を見て、私に触れて、せ、性的な……。
そこで視線を感じた。
それは身の毛もよだつ邪悪な視線。
視線を感じるその方角に顔を向けるが、それは目線の高さにはない。
顔をゆっくりあげ……。
周囲の木々が低く見える。
そんなことはないのに。
私とランスは森の中で、熊のような姿の魔物<ビースト・デビルベア>に遭遇してしまった。その大きさは、通常の熊の倍以上。3階建てぐらいのサイズだ。
「ラ、ランス様、見えました。熊のような姿の魔物<ビースト・デビルベア>です」
「……ビースト・デビルベア。それはまたすごい魔物を引き寄せてしまいましたね。魔物の四天王の一角を担い、“最強”と言われ、千体の魔物に匹敵するランク……。森の主というか、この方面一帯を統べる、まさにボス級の魔物です」
とんでもない例えに驚愕する。でもその強さを思えば、ランスの言葉は納得だった。
「不思議と神経が研ぎ澄まされた結果。気づきました。アリー様はご両親が残したペンダントをつけていないですよね、今。おそらくそのペンダントをつければ、魔物が引き寄せられるのは止まると思います。つけていただけますか?」
魔物の四天王の一体であり、千体の魔物に匹敵するビースト・デビルベアが視認できる場所にいるのに、ランスはなぜ冷静なの?
私はさっきから震えが止まらないし、本能的に逃げ出したい気持ちでいっぱいなのに!
いや、でも……。
私がごちゃごちゃ考えている間に、ランスは雨合羽をめくり、ワンピースのポケットに手をいれた。ポケットはちょうど腰のあたりで、その中で手を動かせば、布越しにランスが、ウエストや大腿の近くに触れることになる。
「!!」
思わず全身が熱くなり、顔から火が出そうになった。
その瞬間、ランスから強い光があふれ、私は慌てて目を閉じ、パニックになる。
私の反応を見て、ランスは、せ、せ、性的に……!
「ありました。これですね」
もう心臓はバクバクし、口は何か言いたいのだが、声にならず、パクパクと動かすことになった。
ランスが私に腕を伸ばし、ペンダントをつけようとする。
このペンダントをつければ、魔物を引き寄せる状態が収まる。ということは、視認できる場所にいるビースト・デビルベアもいなくなってくれるということ……なの……?
ペンダントをとめるため、なのに。
ランスの顔は必要以上に近い気がする。
彼が輝いていることもあり、視線を伏せる私の耳元でランスは――。
「ペンダントをつければ、ビースト・デビルベアがいなくなってくれるかというと、そうではないと思います。でもこれ以上、魔物を引き寄せることはないでしょう」
つまりはやはり、ビースト・デビルベアを倒す必要があるのでは!?






















































