35:ホーンテッドルーム?
私はなんとか入浴を終えていた。
でもランスはまだ、入浴も済んでいない。
申し訳ないと思いつつ、でも確かにこの部屋に、立て続けに魔物が現れているのだ。もしかするとこの部屋は……ホーンテッドルームなのではないかしら?
魔物を見ることができるのは、聖女、聖なる力を与えられた武器を持つ聖騎士と言われている。でもそうではない一般の人間でも、魔物の気配を感じることはあった。何かいる気配を察知する。まがまがしい存在に鳥肌が立つ。寒気を覚え、その場から立ち去りたくなる――などだ。
そんなことがあの部屋に対して囁かれていないか、それはランスがフロントで確認してくれたが……。その答えは「ないです」だった。あったとしても、教えてくれない可能性もある。でもランスは、自身が聖騎士であると明かした上で尋ねているのだ。王立ローゼル聖騎士団に所属する聖騎士の問いに嘘をつく――それだけで罪に問われる。よってあの部屋は問題がないとなると、どうして二度も魔物が?
ロビーに用意されたソファに座る私は、考え込む。
ランスは最初のタスクド・ボアが現れた時、建物内に魔物が現れることに首を傾げた。そしてシャドウ・ガーゴイルのことを思い出し「またアリー様が狙われたかのように思え、不思議でならないです」と言っていた。
もしや私は、魔物を引き寄せやすい何かがあるのかしら……?
でも私は、まがりなりも修道女。そして修道院にいた時、魔物に襲われたことはない。
「このロビーに来てから30分経ちましたが、今のところ魔物の襲撃はありませんね」
私の座る斜め左手の一人掛けソファに座るランスが、ロビーを見渡す。
マーケットはそろそろ店終いだが、お酒を飲んで盛り上がった宿泊客たちは、まだ宿に戻る様子はない。ボトルのワインを片手に、まだまだ飲み明かしそうだ。そしてこの宿には、先ほどからちらり、ほらりと宿泊客が戻ってきている。
だがこのロビーにいるのはランスと私ぐらいで、後はフロントに一人だけ、従業員がいた。
「あと、30分経っても何もなければ、部屋に戻りましょうか。偶然、立て続けにあの部屋に魔物が現れた――のかもしれないですしね」
「ランス様、勿論、その可能性もあると思うのですが」
私はそこで自分の考えを、ランスに聞かせる。
「ランス様はフロントに話を聞きに行かれていますが、それはほんのわずかな時間ですよね。聖剣、聖槍を手に、私のすぐそばにいます。さすがにそれでは魔物も……現れないのでは?」
「でもあの部屋でも私は聖剣を手にしていた時に、魔物は現れましたよ」
「そうですね。ですから魔物は、ランス様を狙っているわけではない。私を……狙っているのかもしれません。つまり私のそばに聖剣、聖槍を手にしたランス様がいるので、魔物が現れない……この可能性はどうでしょうか?」
するとランスは、困ったという顔をしている。
「そこに……気づかれてしまいましたか」
「そうですね。……私はこれでも聖女候補でした。そして他の人とは、何かが違います。私は魔物の姿がなぜか見えてしまったり、察知できたりしていますよね。同じように魔物も、私のことを他の人間とは違うと、気づくのではないでしょうか。気になって寄ってくる……という可能性はどうでしょうか」
「それは……あるかもしれませんね。魔物までアリー様に惹かれてしまうなんて、困ったものです」
惹かれる……?
それは……魔物が私に好感を持っているということ?
まさか。
そんなわけは……。
うん?
今、「魔物まで」と言ったわよね、ランスは。
「アリー様、お忘れではないですよね、シリル様に求婚されたこと」
「あ……」
「アリー様は、信仰を諦める気持ちはあるのですか?」
不意に話が、全然違う方向に向かった気がした。
「もしも心から愛するような相手ができてしまった時。修道院を出て、修道女であることをやめるつもりは……あったりするのでしょうか」
「それは……」
心から愛する相手。
そんな存在ができたら……。
「それは、そこまで想う相手ができたら、修道院を出ると思います。修道女であることをやめ、その相手と結ばれたい……そう思うかと。ただ、だからと言って、神を信じなくなる――そんなことはないと思います」
「そう……なのですね。修道院から出ることを厭わない……のですか」
なんだか再びランスが輝き始めた。
私は目を細めながら答える。
「自分の意志と言うわけではなく、でも自然な流れで、私は孤児院から修道院へ、そして修道女となりました。それが当たり前で、それ以外の生き方などないと思っていたので。もしそうではない人生があるなら……。幸せになりたい……と思います」
さらに強くなったランスの輝きに、もう目を閉じることになる。
ランスは私が新たな旅立ちをすることがあれば、それを祝う気持ちになり、こんなに輝いているのかしら……?
そんなことを思いながら、私はいざとなれば修道院を出る。だがランスはどうなのかしら?と思っていた。私は神に仕え、ランスは聖女に忠誠を誓っている。共に恋愛や結婚を封印している身だ。同業他社であるランスは、いざとなったらどうするのか。聖騎士であることを止めるの……?
「ランス様はどうなのですか? 聖女様に心身を捧げていると思いますが、もしも心から愛する方ができたら、聖騎士であることは止めるのですか……? 聖なる武器がなくて魔物を倒せる力。それは異端の力ともランス様はおっしゃられましたが、私にはギフトだと思います。大勢を救うことができる、得難い力だと感じました。そんな力があるのに、愛のために聖騎士を辞すことがあるのですか?」
静かにランスに尋ねていた。






















































