34:私のために
私の胸から顔を上げたランスは、もう顔が真っ赤で、それはまるで完熟したトマトのようだった。でもその姿が見えたのは一瞬。何度もランスは光り輝き、それは鮮烈な光。もしヴェノム・スパイダー以外の魔物がいても瞬殺されていると思う。
眩しくて目は開けられなかったが、それでもゆっくりお互いに体を起こすことになった。その間、ランスが繰り返し口にした言葉は「申し訳ありません!」だ。つまりは私の胸に顔を埋める形になったことを、詫びてくれていると思うのだけど……。
絶体絶命の状況だったのだ。
もう助からないと覚悟していた。
むしろ一人だったら助かったかもしれないランスを、巻き込む形になったのだから。
胸のことはもう気にしないでいいです! 忘れてください!
これが私の本音だった。
それなのに。
ランスは。
なんて真面目なのかしら。
しきりにあやまるランスに対し、私は「大丈夫です。助けてくださり、ありがとうございます」と繰り返した。
するとまたも扉がノックされ、そこでようやくランスの輝きもかなり落ち着いてくれたが、それでも光はまだ漂っている。
宝石でもないのに、自分自身がこんなに輝いているなんて。
本当にすごいわと思いつつ、訪問者を見ると……。
宿の従業員だった。
何か大きな物音がしたが「大丈夫ですか?」と、心配して尋ねてくれたようだ。
私は聖槍が壁に突き刺さったままであることを思い出し、慌てて従業員から隠すように壁の前に立つ。一方のランスは、自分が躓いて転びそうになり、壁に激突したと謝罪している。
ランスは何も悪くないのに。
申し訳ないと思いつつ、彼を見て気づいてしまった。
倒れる私を庇った彼の手が、左手の四本の指の付け根が、赤くなっていることに。
透き通るような美しい肌をしたランスの手が、あんなに赤くなっていることに、胸が痛む。
あんなに赤くなっているということは。
私の頭の重み、床に激突した衝撃の結果だ。
もし後頭部を床にぶつけていたら……。
ランスのおかげで私は激突を免れた。
代わりにランスの手が……。
宿の従業員がいなくなるのと同時に。
私はバスルームに駆け込み、ハンドタオルを水に濡らす。
「アリー様、どうされましたか?」
扉を開けっぱなしにしていたので、ランスが心配そうにのぞき込む。
「ランス様、左手を出していただけますか?」
絞ったハンドタオルを、ランスの左手に乗せる。
「私を庇ったせいで、怪我をしていましたよね。盗賊との戦闘でも、打撲を負われたのに。私のために、本当に申し訳ないです」
ここで私が泣くなんて、意味がないのに。
涙が出そうでそれを堪えようと、俯くと……。
「アリー様。勘違いしないでください。盗賊との戦闘での打撲も、この打ち身も、自分が至らないために出来たものです。それに護衛を任され、あなたといるのですから。自分が多少怪我をしようとも、アリー様を守ることができたなら、本望ですよ」
そう言ったランスが優しく私の頬に触れる。
「顔をあげてください、アリー様。大丈夫です。こんなもの、怪我のうちに入りませんから。塗り薬もあるので、それをつけます」
流れてしまった涙は、ランスの細い指で拭きとられていく。
「気遣ってくださり、ありがとうございます、ランス様……」
俯いたままの私の手を引き、ランスがバスルームを出る。
そのまま私をソファに座らせると、荷物から塗り薬を取り出し、私の隣に座った。
濡れタオルをローテーブルに置き、塗り薬を手にしたランスに「私が塗ります」と申し出ると「ありがとうございます」と、彼はキラキラと輝きながら微笑む。
涙で滲んで、光を放つランスが、本当に神様みたいに見える。
目を閉じる程ではないが、バスルームで私に声をかけてからずっと、ランスは輝き続けていた。
塗り薬の蓋を開け、クリームを指に取り、ランスの手を左手で持つ。
自分の膝の上に乗せたランスの手を見ていると……。
堪えている涙がポタリと、ランスの手に落ちてしまう。
「ご、ごめんなさい!」
慌ててハンカチを取り出そうとする私を、ランスは「大丈夫ですから」と制し、薬を塗るように言ったのだが……。
「「えっ」」
ランスと二人、間の抜けた声を出すことになる。
さっきまで赤くなっていたランスの手は、そんなことなかったかのように元通りになっている。ついでに言うと、この驚きのせいなのか。ランスの輝きも収まっている。
幻でもみていたのかしら?
不思議な思いでランスの手を眺める。
「打ち身……と思ったのですが、そんなことはなかったようですね」
ランスは困ったように微笑み「その薬は戻しましょうか」と塗り薬の缶を差し出してくれる。これには「そうですね」と答え、指にのせていたクリームを戻した。
物が当たったら、瞬間的に赤くなることがあるけれど、それだったのかしら……。
「ところでアリー様、タスクド・ボアといい、ヴェノム・スパイダーといい、連続でこの部屋に現れるのは、さすがにおかしいと思います。……森がこの宿のすぐ後ろに広がっているので、魔物が多く潜んでいてもおかしくはないと思うのですが、この部屋に集中して現れると言うことは、何かこの部屋が、魔物を引き付ける要素があるのかもしれません」
「この部屋……だけなのでしょうか? 他の部屋では何も起きていないのでしょうか?」
ランスは立ち上がり、壁に突き刺さる聖槍の方へと向かう。
「先ほど部屋を尋ねてくれた宿の従業員に確認しましたが、他の部屋では何もトラブルはないそうです。もし魔物に襲われた場合、悲鳴の一つぐらいは上がると思うのですが、それもなく……」
そう言うとランスは、聖槍を壁から抜いた。
「一度、この部屋を出て、様子を見てみますか?」






















































