2:彼の弱点
ランスの顔を見たい……。
そう思ったのに。
水を飲み終えると、すぐに兜を被ってしまう。そしてこちらを振り返るので、慌てて体を前に向けることになる。
なんだかとてもドキドキしてしまう。
「アリー様、オレンジは食べ終わりましたか?」
「! ごめんなさい。今、食べます」
サラサラのホワイトブロンドのランスの後ろ姿に目が釘付けになり、オレンジを食べることをすっかり忘れていた。慌ててオレンジを食べる私を見て、ランスは……。
兜を被っているから分かりにくい。でも……笑っている?
ともかくオレンジを食べ終え、再び馬車が走り出したが……。
王都を抜けた街道の周囲は草原、森、遠くに山脈が見える。そんな牧歌的な自然の景色が広がっているだけ。たまに民家が見えたりもするが、何もない。
行き交う荷馬車や幌馬車もあるが、それ以外は……。
さすがのランスも話すことがないだろうと思ったら。
ランスは兜をかぶったまま、馬車の車輪の音に負けない、力強く高音な声を生かした歌を聴かせてくれたのだ。これにはもうビックリだった。聞くと伯爵家の次男として、聖騎士としての訓練を受けつつ、学問にも励んでいた。その中で、歌も学んだというのだけど……。
すごいなぁと感動してしまう。
騎士でありながら、学問にも励んだということは。
ランスは文武両道であるに違いない。
その後も何曲か歌を披露してくれたところで、休憩……というより、昼食となった。
そこは王都の往来する荷馬車や幌馬車のための休憩スペースが用意されており、馬の水飲み場、馬を休ませる場所も準備されている。ちょっとした軽食の店もあるが、ランスは昼食を用意してくれていたようだ。
私を馬車から下ろすと、木のテーブルとベンチが置かれた場所へ連れて行ってくれた。
ベンチに座ろうとすると、ランスは「お待ちください」と言う。どうしたのかと思ったら……。ベンチに自身のハンカチを敷いてくれた。
ドレスを着ているわけではない。
修道院で寄付された布を使い、手縫いしたワンピースを着ているだけなのに。まるで令嬢に対するかのように接するランスに、涙が出そうになる。
聖女だと期待され。でも私は聖女ではなかった。その瞬間から、私はお払い箱で、神殿にいても誰からも見向きされなくなったのに。
どうしてランスは、こんなに優しくしてくれるのだろう?
一瞬。
何か期待してしまうが。
違う。
彼は真面目な聖騎士なのだ。
与えられた任務に忠実でいるだけ。
「アリー様、簡単ですが、昼食の用意ができました。どうぞ、お召し上がりください」
私が感傷に浸っている間に。ランスは……とても素晴らしい食事を用意してくれた。それは修道院では食べたことがないものも含まれる。
きのこのコンフィのサンドイッチ、豆のサラダ、エビのテリーヌ、ピクルス、白身魚の揚げ物。お腹もすいていたので、神へ祈りを捧げ、遠慮なくいただくと……。
美味しい! しっかり味がついており、特にきのこのコンフィの油がパンにしみこみ、たまらなかった。
「お湯を沸かしますので、しばらくお待ちください」
ランスは共用で利用できる焚火を使い、お湯を沸かすと、紅茶まで入れてくれた。驚いて尋ねると、サンドイッチ、サラダ、ピクルス、紅茶は伯爵家から持参したもの。揚げ物は、神殿の調理場から分けてもらったという。
「アリー様が神に仕える立場ということで、お肉は召し上がらないと思い、魚と野菜で用意したのですが、大丈夫でしょうか?」
「お気遣い、ありがとうございます」
御礼を伝えていると、思わず胸にじわっときて、感無量になってしまった。
「どうされましたか!? お口にあいませんでしたか!?」
慌てるランスに私は首を振る。
「いえ、とても美味しいです。私には勿体ないぐらいです」
「それは良かったです。アリー様に喜んでいただけるといいなと思っていたので」
ああ、ダメだ。ランスの優しい言葉に、我慢していたのに。
涙が一粒こぼれてしまった。
私の涙に気づいたランスが、固まっている。
「ごめんなさい。ランス様は任務に忠実なだけなのに。なんだか特別に優しくしてくれるように思えてしまい、涙が勝手に。聖女でもない私をここまで敬っていただき、ありがとうございます」
するとランスは肩の力を抜き、こんなことを言ってくれる。
「これは……自分が勝手に感じてしまったことなのですが……。自分とアリー様は似ている気がするのです」
「私とランス様が似ている?」
ランスは私の斜め前のベンチに腰をおろすと、静かに教えてくれた。
彼は伯爵家の次男ということで、長男のもしもに備え、兄と同じような英才教育を受け、育つことになった。ただ、自分はあくまで跡取りのスペアであると分かっていた。自分という存在を認めてほしいと思い、騎士の訓練に参加するようになった。
すると武術の腕が認められ、近衛騎士団へ入団が決まる。さらにそこで訓練を重ねることで、実力を認められ、王立ローゼル聖騎士団……つまりは聖騎士へと大抜擢された。18歳という若さで聖騎士となり、かつ聖剣も授けられる。これからは魔物の討伐で活躍する……と意気揚々と胸を高鳴らせていたが……。
「見えないのです」
「見えない……?」
「聖剣を授けられたのに、魔物が見えず、代わりに……よく分からない力で魔物が倒れるのです……」
詳しくは教えてくれないのだが、ランスは魔物が見えないのに、魔物に魂を喰われることはない。なぜなら彼は謎の力を持っており、その力は命の危機に瀕すると、より強く発揮されるのだという。
結果的にその力により、魔物は消失。つまり、魔物を撃退できるのだが……。
「聖騎士は、聖剣や聖槍で颯爽と魔物を倒すものです。対して自分の力は、なんというか異端……。でも魔物を倒せないわけではないので、聖騎士でいることを認められていますが、なんというか肩身が狭いのです」
「なるほど。だから私を村まで送るような役割を与えられたのですね。聖騎士は聖女を守り、魔物討伐が本分。聖女ではなかったただの修道女を、従者兼御者兼護衛として、王都から遠い村まで送り届けるなんて」
「アリー様!」
ランスが必死に私の名を呼んだ。
「自分は、あなたを護衛できること、決して卑下するつもりはありません。アリー様は……とても心が清らかだと思います。黙々と作業をこなす自分に対し、あなたは何度も御礼の言葉を言ってくださりましたよね」
「それは……親切にしてくださっているので、当然かと」
するとランスはそうではないと言う。聖騎士は見た目自慢の男性が多い。令嬢の護衛に着く時は、皆、兜なんて被らないというのだ。ところがランスは違う。いつでも相手を守れるように、兜を被るのだが……。そうすると令嬢達は、途端にランスを煙たがる。
「結局は見た目重視なのです。兜を被る自分ではなく、他の聖騎士に変えてほしいと、あからさまに態度に出され……。御礼の言葉などありません。そうして何をしても、それが当然という態度ばかり」
なるほど。……でも私だって最初は、容姿に自信がないのかしら?と思ってしまった。貴族であり、ちやほやされて育った令嬢だったら。御礼も言わず、当たり前。見た目重視になるのも……ある意味、仕方ないのかもしれない。
何より私は役立たずと見なされ、自己評価が下がっているから……。
あ、そうか。
なるほど。ランスが言う、私と似ているの意味が分かった。