26:願い事
ドレスは裾が濡れていたが、ランスのおかげで下着までは濡れていなかった。でも水溜まりもあるだろうし、着慣れていないドレスを私が一人で身に着けるのは……無理。そこで着慣れている修道院から持参していたワンピースに着替えた。
ライトブルーのいつものワンピースになると、いよいよ夢物語は終わり、修道院に戻るのだと言う気持ちになる。パーク男爵の屋敷への滞在は、予定外だった。おかげで夢から覚めるまでの時間が、少し遅れることになったが……。
村に戻り、修道院へ帰る。
この現実は変わらない。
いや、もしシリルの申し出を受け入れれば、世界は激変する。でも激変することが、目的ではない。それにランスは……王都から少なくとも一度は会いに来てくれると言ってくれたのだから。
……。
ランスは聖女に忠誠を誓った人なのに。
その彼が髪留めを届けてくれたとしても、それ以上でもそれ以下でもないのにね。
「アリー様、着替えは終わりましたか?」
「はい! お待たせしました」
目隠しのマントをくぐり、外に出ると、ランスは既に甲冑を脱いでいた。
キルティングで出来た紺色のギャンベゾンと焦げ茶色のキュロット姿になっている。
濡れていた髪もタオルで拭いたようで、あの色気はなくなり、でも普段とは雰囲気が違う。それは見ていると……やはり見慣れていないため、心臓が反応している。
「では、自分はこれから着替えますが、アリー様はこの近くにいてください。声をかけるような者はいないと思いますが」
ランスはチラリと周囲を見る。
確かに小川のほとりで居眠りする前は、沢山の馬車と貴族がいたが、今は私達しかいない。厩舎や飲料水を提供する小屋に人はいるが、彼らは用事がなければ、話しかけることはないだろう。
「分かりました。ここでランス様が着替え終わるのを待ちます」
私が答えると、ランスはマントをくぐり、着替えを始めた。
馬車を見ると、御者席にランスが着ていた甲冑と兜が置かれている。濡れてしまったので、綺麗に拭かれているが、乾燥させる必要があった。今日はもう、ランスは甲冑と兜を身に着けない……。
私が濡れないようにするために、そうなってしまったので、申し訳ないと思う反面。兜がないとランスの表情がよく分かる。それは……嬉しく思えてしまう。
チラッと着替え中であるランスの方を見て、ドキッと飛び上がりそうになる。
目隠しのマントで、私はすっぽり隠れていた。
だがランスはマントより身長がある。よってランスのバストアップより上が見えている……! こちらに背を向けているが、おかげで鍛えられた背中が見えていた。
でも、すぐにシャツを着てしまう。
残念と思いそうになり、慌ててワンピースのポケットの中のロザリオに祈る。
どうも煩悩ばかりだ。
着替えをするランスから目を逸らし、空を見上げると……。
雨が降ったのが嘘だったみたいな青空に、虹が見えた。
こんなにハッキリ見えるなんて。
「ランス様、虹が見えます!」
思わず振り返ると、ランスも私の声に反応し、こちらを見た。
でもその位置からでは屋根もあるし、虹は見えない。
マントをくぐり、ランスがこちらへ来た。
白シャツに黒のズボンという軽装のランスは、初めて見る姿なので、ドキドキしてしまう。私のドキドキに気づいていないランスは、空を見上げた。
「本当ですね。こんなにハッキリ見えるとは。美しい……。アリー様と一緒にいると、不思議と美しいものを、沢山見ることができる気がします」
美しいもの……それはランスのその笑顔だと思うわ。
そう思いながらも、それは胸に秘め、微笑む。
「もうすぐ着替え終わるので、お待ちいただけますか」
「勿論です」
笑顔になったランスの手がすっと伸び、心臓がドキンとしてしまう。
「あの白い花の花びらが残っていました」
「あ……そうでしたか」
ランスは着替えを続けるため、マントの向こう側に戻っていく。
反応しすぎね、私は。
あ、そうだ。
流れ星を見て願い事をするように。
虹を見て願い事をするというわよね。
もしも。
もしも許されるなら。
少しでも長い時間を、ランスと一緒にいられますように。
五回程繰り返していると、着替えを終えたランスが出てきた。
シャツの上から、革で出来たキュイラスを着ている。その上に同じく革で出来たギャンベゾンを羽織っていた。甲冑は着られないけど、ちゃんと備えていたのね。
「お待たせしました。出発しましょう」
ランスと共に手早く荷物を片付け、馬車へ乗り込む。
御者席に座ったランスはすぐに馬を走らせる。
「予定ではティータイムの時間に宿場町に到着でしたが、雨で足止めをくったので、日没前後になりそうです。街道沿いを進むので、その時間でも問題はないと思うのですが……。この後は特に必要がなければ、休憩なしで向かいます」
「分かりました。お腹もいっぱいですし、それで大丈夫だと思います」
「でも我慢はされないでください。馬も休憩は大歓迎でしょうから」
やはり気遣いができるランスだ。「ええ、その時は声を掛けます」と返事をすると、ランスは頷き、目線を前方に向ける。
その後、ランスは宿場町を目指し、集中して馬車を走らせた。
お読みいただき、ありがとうございます!
完結作品のお知らせです。
『完璧悪役令嬢は25人に振られ
断罪回避に成功する』
https://ncode.syosetu.com/n5742ij/
表紙は『ペルソナQ シャドウ オブ ザ ラビリンス ―Roundabout―』
メダロット探偵物語『メダたん』などでご活躍されている
あかうめ先生の秀麗な描き下ろし♪
これまでの作品と一線を画す【衝撃】のラスト!
ページ下部にイラストバナーでリンクを設置しました。
ぜひこちらの物語もお楽しみくださいませ☆彡






















































