25:無茶ぶり
「もう、大丈夫ですね」
そう言って私から体を離したランスは……。
もう水も滴るいい男になっている。
サラサラのホワイトブロンドの髪は、濡れた部分が暗い色に見え、まるでシルバーブロンドのようだ。
さらに濡れた前髪が、邪魔だったのだろう。
かきあげ、後ろに流したその姿は……。
いつもとは違い、大人っぽく、さらになんというか……色気がある。
「アリー様はドレスの裾がびしょびしょですね。トランクを取ってまいります」
「私より、ランス様が着替えた方がいいのでは!?」
「自分はアリー様が着替えている間に済ませるので、大丈夫ですよ」
いつも通り微笑んでいるのだろうけど。
雨で濡れたランスは、とても色っぽく感じる。
ランスが屋根付きベンチを出て、馬車の方に向かうのを見送った時。
足元に、スイートアリッサムの花が落ちているのに気付いた。
あの雨の中、ここまで戻ってくることができたのに。
ここで雨宿りしている間に落ちて、私が踏んでしまったのね……。
その花を拾い上げ「ごめんなさい」と謝り、テーブルに置いた。
せっかくランスが髪に飾ってくれたのに。
泣きそうになってしまう。
こんなことで泣くなんて。
子供ではないのだから。
なんとか深呼吸をして、気持ちを静めたところでランスが戻って来た。
トランクをテーブルに置いたランスは、そこに置かれたスイートアリッサムに気づくと。
「ああ、取れてしまったのですね。生花は美しいですが、いつかは枯れてしまいます。……今度、王都でアリー様にあいそうな髪飾りを、手に入れておきますよ」
これにはビックリしてしまう。
まさかそんなつもりで、テーブルに花を置いたわけではないのに。
王都で手に入れた髪飾りを、送ってくれるの……?
ランスは私からマントを取りながら、微笑を浮かべる。
優しく心を温かくする微笑みだ。
「連続で任務につくと、まとまった休暇を取れるので。その時に届けますよ、髪飾りを」
ああ、なんて優しいの、ランスは……!
さっきなんとか堪えたのに!
涙がこぼれてしまった。
「アリー様!?」
「ご、ごめんなさい。目にゴミが入っただけです」
「大丈夫ですか、痛みますか?」
色気満点のランスが、私の顔を覗き込むので、もう心臓が大爆発してしまう。するとランスが私の両肩をぐっと押さえ、自身の顔を近づける。
う、嘘ですよね!?
こんな至近距離で、美貌のランスの顔を見るなんて!
「アリー様、顔を動かさないでください。そして視線を逸らさないでください」
な、なんて無茶ぶりを!
そんなの無理ですよ!!
「!!」
ランスが左肩から手を離し、顎をぐいっと持ち上げた。
そして遠慮なくその整った顔を近づける。
む、無理~!
思わず目を閉じてしまう。
すると。
「え……? 今、自分、光っていました!?」
困惑したランスの声が聞こえた。
光っていた……?
薄目で見る限り。
光っていない。
ただただ、真剣なのになんだか色香を感じさせるランスの顔が、すぐ近くに見えた。
「ひ、光っているように、一瞬感じて閉じてしまったのですが」
「そんな、そんなつもりはないのですが!!」
「!!」
右肩を押さえていた手を離し、さらに顎を持ち上げていた手をはずすと……。両手を使い、私の両頬を包み込み、そして持ち上げた。
衝撃で思いっきり目を開けてしまう。
もうあまりにも驚きすぎて、完全に固まってしまった。
目を閉じることもできず、色気満点のランスの顔を、至近距離でバッチリ見ることになっている。
色気はあるのに、真剣な眼差しのランスは、涙がこぼれ落ちた右目を集中して見ると……。
「睫毛が入っているかと思いましたが、それもないですね。痛みますか?」
問われても、体が固まってしまい、口を開くことができない。
「アリー様?」
首を傾げながらもランスは、ようやく私の顔から両手を離してくれた。
「もしまだ痛むようでしたら、水で目を洗いましょう。今は大丈夫ですか?」
「……」
ランスはついに、吹き出して笑いだしてしまった。
「アリー様、どうしてしまったのですか!?」
それでも身動きできないでいると。
「そんなに微動だにせずにいると、危ないですよ、アリー様」
そう言ったランスが右手を私の頬に添える。
ゆっくり、自身の方に私の顔を向けた。
さっきの真剣さとは一転。
その妖艶な雰囲気にピッタリの甘い表情になり、私の顔に自身の顔を近づける。
目にゴミが入っているか、確認するためではない。
これではまるで……。
ランスと私の鼻が触れあいそうな距離まで近づいた瞬間。
強烈な閃光にようやく体が動き、私は思いっきり目を閉じ、顔を伏せる。
「ラ、ランス様! め、目は大丈夫です。それに眩しいです、とんでもないぐらい!」
「……申し訳ありません!」
そう言うとランスが、私のそばから離れた。
ゆっくり目を開け、驚く。
屋根付きベンチの入口に、ランスのマントが広げられている。
着替えをする私のために、目隠しをしてくれたのだと理解できた。
さっきはまるで、キスをするかのような素振りを見せたのに。
自分の行為に自分で驚き、慌てて謝罪をして、目隠しをしてくれた……。
なんてランスは、不器用なのかしら。
ものすごくドキドキさせられたが、憎めない。
それに。
髪飾り。
王都で髪飾りを手に入れたら、届けに来てくれると言ってくれた。
修道院に戻ったら、二度と会えないと思ったけれど。
また会える……。
そう思うと、ついついランスとの旅が終わると落ち込みがちな気持ちが、上向いた気がした。






















































