20:一生忘れない
パーク男爵家の屋敷を出た後、順調に馬車は進み、あの盗賊に襲われた辺りに到着した。見る限り、盗賊と騒動が起きた時の痕跡はない。
捕まった盗賊たちは、パーク男爵領内にある警察署で、取り調べを受けているという。
人攫いや窃盗など、犯した罪は、三人合わせ、百件を超えている。
王都では指名手配されている三人だったようで、さらった子供の中には貴族の子息子女も含まれていた。ゆえに極刑は免れず、終身刑になる可能性も高いとのこと。その彼らを捕らえたランスには、別途表彰が行われることも、朝食の席で、パーク男爵が教えてくれた。
朝イチで警察署から早馬が到着し、これらの情報を教えてくれたのだ。
そんなことを思い出していると、盗賊と遭遇したエリアも、あっという間に通り過ぎてしまった。このまま順調にいけば、宿場町にはティータイムの時期には到着する。そこで一泊し、翌日も朝から移動を開始すれば……。
村に、修道院に到着する。
兜を被り、甲冑をまとい、マントをつけたランスの後ろ姿を思わず、じっと見てしまう。
もう、折り返しに近い。
ランスと過ごせる時間は、もう終わりに近づいている。
その事実に、なんだか胸が締め付けられた。
シリルと別れをしたばかりなのに。
彼とまた会いたい、連絡をとりたいという気持ちにはなっていない。
でもランスは……。
まだ一緒にいる。現在進行形で旅は続いているのに。
どうしてこんな気持ちになるのだろう?
「アリー様、右手を見てみてください」
ランスの声に顔をあげ「すごいわ!」と感嘆の声をあげてしまう。
「雪が降ったのかしら?」
思わずそう言うと、ランスが沈黙している。
と思ったら、どうやら笑っているようだ。
「あの辺りだけ、雪が降った……ということですか?」
そう言われると……それはないと思う。
それに昨晩は寒かったが、雪が降るほど冷え込んだとは……思えない。
ということは。
「もしかして花なのかしら?」
「そうだと思います。すぐ先に横道があるので、行ってみますか?」
「え、寄り道しても大丈夫ですか?」
ランスによると花畑まで往復で30分、花を眺めると言っても数分だろうから、問題ないとのこと。せっかくなのでお願いして、花畑に向かってもらう。
白い花畑が近づいてくると……。
甘い香りが感じられ、思わず気持ちが華やぐ。
「ランス様、とても良い香りがしますね」
「ええ。この距離で香りを感じるのは、ここが花畑になっているからでしょうね」
花の形がはっきり見える場所で馬車を止めると、ランスが下りるのを手伝ってくれる。花畑のすぐそばに降り立つと、もう甘い、甘い花の香りに包まれ、うっとりするほど幸せな気分になった。
ランスも花の香りを楽しみたくなったのだろう。
兜を外した。
その瞬間。
サラサラのホワイトブロンドの髪が風に揺れる。
美しかった。
陽射しを受け、輝く髪。
花畑を眺める深みのある水色の瞳。
横顔を見て実感鼻の高さと整った顔立ち。
「素敵な香りですね。それにこれだけ咲いていると圧巻です。……この景色をアリー様と眺めたこと、一生自分は忘れないと思います」
そう言ってこちらを振り返ったランスを見た時。
ふいに涙がこぼれそうになる。
美しいその笑顔を本当はみたいのに。
花畑に視線を向け「本当に。綺麗ね」と小さく囁くので、せいいっぱいだった。
でも頭の中では、ランスと同じことを思っている。
――「一生忘れない」。
なぜかは分からないけれど。
私は香りの記憶をよく覚えている。
今日、感じた香りをどこかで再びかぐことがあれば。
思い出すだろう。
この花畑を。
そしてこの花畑を誰と見たかを――。
「野に咲く花ですが、宮殿の庭園で咲く花と、変わらない美しさだと思います」
その声にランスの方を見ると、ガントレットを外した彼の手には、コロンと可愛い小花が集まった白い花の塊がある。
すっと伸びたランスの手が、顔の横の髪をすくい、耳にかけると、そこに白い小花の塊を飾ってくれた。
「……とても似合っていますよ」
「本当ですか? ありがとうございます」
貴族の令嬢だと、鏡を持っていたりするのかしら?
素敵なドレスを着ているけど、実体は本物の令嬢ではないから。
鏡も……持っていなかった。
「!!」
腰に帯びていた剣を抜くと、ランスが剣身を見せてくれる。
鏡の代わりにどうぞ、ということだ。
気が利くなぁ。それに優しい。
綺麗に磨き上げられた剣身には、少しはにかんだ顔の自分が見えた。そして少し顔を傾けると、耳の上に髪飾りのように白い花が見える。4枚の花弁の、小指の先ほどの大きさの白い小花。
「素敵な髪飾りを、ありがとうございます、ランス様」
笑顔で御礼を伝えるとランスは「アリー様」と私の名を呼び、一瞬、彼の体が輝いて見えた。
「見て―、お母さま! すごいお花畑よ!」
ランスの背後に、こちらへ向かってくる馬車が見える。開けられた窓から身を乗り出すようにして、幼い女の子が花畑を見て感嘆の声をあげている。貴族の可愛らしいお嬢さん。そんな感じだった。
「ランス様、雪のようなお花畑に連れてきてくださり、ありがとうございました。出発しましょうか」
「そうですね」
ランスは素早くガントレットつけ、兜を被ると、馬車をUターンさせた。
花畑を離れても、甘い香りがずっと続いている。
髪飾りとして耳の上で、白い小花は、甘い香りを放ち続けた。
お読みいただき、ありがとうございます!
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