1:一人三役
王都へ向かう時に着せてくれた白のドレス。
それはそのままいただくことができた。
でも今日着るドレスは……ない。自前のくすんだ水色のワンピースに着替えた。
「アリー様、お待たせしました。バーリン村まで、アリー様を護衛させていただく、聖騎士のランス・フォン・エルンストと申します。エルンスト伯爵家の次男で、現在21歳です……年齢の情報は不要でしたね。用意はよろしいですか?」
部屋に来た聖騎士は、甲冑をまとい、セレストブルーのサーコートに、紺色のマント。魔物と戦闘中でもないが、兜をしっかり被り、顔は見えない。
聖騎士は美しい男性が多かった。皆、それを自覚しているようで。兜は魔物と戦う時以外はつけないようだった。
ところがこのランスは……。
「用意はできています。荷物はこのトランクだけです。……ところで、なぜ兜を?」
「! そ、それは……。いつ魔物が現れるか分かりませんので」
聖騎士は、騎士道精神に基づき、厳しい戒律を守り、真面目な人が多い。その中でもこのランスは……かなり真面目……もしくは、堅物?
それとも……。
あまり容姿に自信がないのかしら?
「!」
ランスは私のトランクを持つと、手を差し出してくれた。つまり、エスコートします、ということだ。
王都へ向かう時は、従者がつき、荷物を持ってくれた。エスコートは聖騎士がしてくれていたけれど……。これから村に戻る旅に、従者はいない。つまりこのランスという聖騎士が、従者を兼任するわけだ。
申し訳ないな、と思ってしまう。
聖騎士に従者の真似事をさせるなんて。容姿に自信がないかなんて余計なことを考えず、王都から遠い村まで同行してくれるランスに、感謝しなければならない。
そう思い「長旅になりますが、よろしくお願いします」と頭を下げ、ランスの手に自分の手を乗せた。
ガントレットをつけているから、ランスの手は素肌ではない。
こう見ると――彼の体で素肌が出ている箇所は……。あ、あった。素肌ではない。瞳は見える。
横に並んで歩くランスの瞳を見ると。
綺麗。
聖騎士は碧眼が多かったが、それは薄い水色が多かった。対してランスの瞳は、ターコイズブルー。深みのある水色で、吸い込まれそう。
「……何かございますか、アリー様」
「い、いえ。何も」
思わずじっと見てしまい、ランスに声をかけられてしまった。
そこで気が付く。
ランスの声が、耳に心地よいテノールであることに。
年齢は21歳と言っていた。若さを感じる声だった。
神殿を出て30段ある階段の下に馬車が見えたのだが……。
王都へ向かった時の馬車は、四人乗り。御者もいれば、馬車の前後には、護衛のための聖騎士が乗った馬が配備されていた。
でも今は……。
二人乗りの馬車で、馬も一頭。御者もいない。
つまりランスは……従者兼御者兼護衛として私について来てくれる……。一人三役。ますます彼に対して申し訳ない気持ちになってしまう。
だがランスは何も気にする様子はなく、二人乗りの馬車に私のトランクを乗せ、自身は御者の席に腰を下ろした。手綱を手に取ると私の方を見て「それでは出発します」と声をかけ、馬車を走らせてくれた。
朝食を終えて、すぐの出発だった。
しかもその朝食は5時からと修道院よりも早い時間。
馬車が出発した時間は、王都の人々が朝食の時間のようで、通りには誰もいない。
聖女ではなかった。
ただそれだけで世界から見放されたような、なんとも寂しい気持ちにさせられてしまう。両親から捨てられ、今度はこの世界からも捨てられた。そんな気持ちになりかけたが……。
馬車をしばらくすすめると「アリー様、右手をご覧ください。王都最大の河、ヌーン河です。丁度、朝日を受け、キラキラと水面が輝いていますよ」そう、ランスが教えてくれる。
言われるままに河を見ると、確かに朝日を受け、河は輝いている。さらに鳥がその近くを飛び、魚が跳ねる様子も見えた。王都なのに自然もあるのね……。
王都へ向かう馬車では、同乗した聖騎士に目が釘付けで、窓の外の景色なんてろくに見ていなかった。でも今は二人乗り馬車で、見晴らしがいい。そしてランスは美しい花、巨大な噴水のある広場、王都最大の教会などが見えると、それをすべて教えてくれる。
おかげで出発した瞬間に感じた寂しい気持ちは、すっかり薄れていた。
何より、村までの従者兼御者兼護衛として、ランスがついてくれたことを嬉しく思い始めている。
こうして順調に馬車は進み、王都を抜けたあたりで、休憩となった。
馬車の後ろにいろいろ積んでいるようで、休憩では水袋と共に、オレンジを出してくれたのだが……。
ガントレットをはずし、果物ナイフを持つランスの手を見て、ドキッとしてしまう。
聖騎士と言っても、騎士と変わらない。剣、槍を扱い、乗馬もこなす。手はいかついイメージだったのだが……。ランスの手……というかその肌は透明感があり、指は細く長く、とても武器を扱うような手には見えない。でも確かに手のひらに豆が一つあり、武器を扱っていると実感できた。
「アリー様、オレンジをどうぞ」
綺麗に切り分けたオレンジを白い陶器の皿にのせ、ランスは差し出してくれる。
「ありがとうございます」と受け取ると、彼は私の水袋を片付け、そして視界から消えた。
どうしたのだろう?
気になった私は、背もたれの壁にとりつけられた小窓から後ろをのぞいた。
するとそこには、兜をはずし、自身の水袋から水を飲むランスの後ろ姿が見えている。
なんて綺麗な髪の色なのかしら。
ランスの髪は、サラサラのホワイトブロンド。陽射しを受け、キラキラと輝いている。
後ろ姿は……限りなく優美だった。
それを見ると顔を……見たくなっていた。