18:ドキドキの目覚め
「ランスお坊ちゃま、ジョンとまた遊んでいるのですか?」
「うん。ティータイムまで、ジョンと遊ばせて、フラン!」
子供の頃に飼っていた、ウルフハウンドのジョンの夢を、久々に見た。
定期的に風呂に入れていたが、あんな薔薇のような香りのジョンは、初めてだった。天国では薔薇風呂でもあるのだろうか。そんな微笑ましさと共に目を開けると、あの薔薇の香りを感じ、目の前には美しいローズブロンドが見える。
ジョンの毛はフォーンで、晩年はイエローっぽい色だったが、こんなに綺麗なローズブロンドをしていた頃は、あっただろうか?
だが美しい。
この香りもいい。
ぎゅっと抱きしめると……。
柔らかく、温かい。
ジョンの毛は硬めで、がっしりした体躯をしていた。超大型犬だったので、大きさとしてはこんな感じだったが、こんなに触れ心地がよかった記憶はない。
いや、待て。
ジョンは当の昔に亡くなっている。そして自分は死んだ記憶はない。ということは、これは現実だが……。
ベッドに横になった記憶もない。椅子に座り、アリーを見守っていたはずだ。
そこでまさに血の気が引く思いになる。
まさか……。
そう思い、しっかり目を開け、確認する。
そして自分の腕の中で健やかな寝息を立てているのが、アリーだと理解し、驚愕した。
ど、どうして……!?
同時に。
ベッドで女性を抱きしめて寝ていたという状況に、あってはならない事態が起きていないか確認をする。
良かった……。
アリーはきちんと白い寝間着を身に着けている。そして自分自身も服を着ていた。ただ、ブーツは脱いでいる。脱いだ記憶はない。
そうなると……。
一つの仮説を考える。
アリーは、どこかのタイミングで目が覚めた。そして椅子に座り、彼女を見守っていたはずの自分は……居眠りでもしていたのかもしれない。そこで彼女は自分に声をかけた。その時、自分は起きたのか、起きていないのか……。
寝ぼけていたのだろうか?
優しいアリーのことだ。椅子で眠らず、ベッドで寝ることを勧めてくれたのかもしれない。そこでうっすらと明るくなっている周囲を見る。ソファに、枕とアリーが着ていたロングケープが置かれていることに気づく。
なるほど。
アリーは自分のことをベッドに寝かせ、自身はソファで眠るつもりだったのだろう。でも彼女が自分のことをベッドに運ぶなんて無理だ。ということは、寝ぼけた自分がベッドに倒れこんだに違いない。そこでアリーはブーツを脱がせ、自分のことをベッドにきちんと寝かせてくれた……。
それは……細い腕のアリーにとって、大変なことだっただろう。それをがんばってやってくれたのだと思うと……。起きてしまうかもしれないのに、思わずぎゅっとその体を抱きしめてしまう。
鼻孔をくすぐる薔薇の香りは、彼女が使ったシャンプーのにおい……。
ソファで眠ろうとしていたアリーがベッドにいる理由は、ジョンの夢を見ていたので、すぐに想像がついた。寝ぼけていた自分は、アリーをジョンと勘違いし、抱き寄せてしまったのだろう。
人懐っこいジョンとは子供の頃、よく一緒に寝ていたから……。
謎は解けた。
やましいことは、何もなかったのだ。
それは……安心できるような、残念なような、複雑な気持ちを喚起した。
◇
誰かに見られていると感じ、目が覚めた。
いきなり視界にランスの美貌の顔が見え、驚きと喜びで悲鳴を上げそうになる。
長い脚を組み、椅子に座るランスは、その細くて長い指を唇に当て「しーっ」と合図を送った。もうその仕草が美しすぎて、涙が出そうになる。素敵な男性は、自然と動作も洗練されるのね……と感動してしまう。
組んでいた脚をほどき、立ち上がったランスは、私の方へと近寄り、太陽のような明るい笑顔になる。
「アリー様、おはようございます。間もなく6時半です。そろそろ起きますか?」
そう言って私の頭にそっと触れるランスに、もう心臓が止まりそうになる。
いつから見ていたのかしら?
微笑むランスの、サラサラのホワイトブロンドの髪は、綺麗に整えられており、肌もつやつや。寝起きという感じではなく、身支度をちゃんと整えた後だと分かる。見るとブーツもちゃんと履いている。
私は全然眠ることができず、目はギンギンしていた。
でもどうやら明け方にまどろみ、眠ってしまったようだ。
逆にランスは目覚め、身支度を整えたと思うのだけど……。
私が起きるまで、そのまま寝ていてくれてもよかったのに。
寝顔を見られていたなんて、恥ずかしい!
いや、ベッドで未婚の男女が、しかも修道女と聖騎士が寝ていたなんて、シャレにならない。もしもパーク男爵家の使用人が部屋に来て、この様子を見たら……。
誤解される!
そうならないよう、先に目覚めたランスは、きちんと身支度を整え、当初通り。私のことを寝ずの番で見守っていましたという状態にしたのね。
「起きて早々、アリー様は頭をフル稼働ですね。想像した通りです。先に目覚めたので、誤解がないよう、身支度を整えました。……自分が目覚めた時は、本当に驚きました。でも
部屋の状況を確認し、理解しました。椅子で居眠りしていた自分のことを心配し、自身はソファで休み、ベッドを自分に譲ろうとしてくれたのですね?」
「はい。でもランス様は、私をフランという使用人と勘違いされたようで、ベッドで休むことをすすめると『ありがとう、フラン』と応じ、自らベッドに横になってくれました」
起き上がりながらそう答えると、ランスは椅子にかかっていたウールのガウンをとり、私の肩にかけてくれる。「ありがとうございます」と御礼を言いながらガウンを着ると、ランスはその後の状況を、自身で分析した結果として教えてくれた。
「ジョン」という名は飼い犬の名前だった。しかもウルフハウンドという大型犬。この犬と私を勘違いしたこと。既に亡くなっているジョンだが、寝ぼけていたランスは、ジョンのことを懐かしく感じ、思いっきり抱きしめることになったと、明かしてくれた。