15:シャドウ・ガーゴイル
シャドウ・ガーゴイルが迫り、それを追う形でランスが廊下を全力疾走している。聖剣を持っているのに。その速さはシャドウ・ガーゴイルに追いつく勢いだった。
彼の優れた身体能力に舌を巻く。
聖槍を構えている。
だから大丈夫と私は思っていたのだが。
聖剣をランスが構えていた時。
シャドウ・ガーゴイルは遠巻きにしていた。
ここまで近づくことはなかった。
そこで気が付く。
聖なる力を持つ武器を、聖剣を、授けられたとランスは言っていた。聖なる力を持つ武器は、誰でも扱えるわけではないんだ、きっと。つまり正式に、聖剣、聖槍、聖弓の持ち主と認定されないと、それは聖なる武器にはならないのでは……?
!
シャドウ・ガーゴイルの体に、聖槍が刺さっている。
でもそのまま私の方に降下してきていた。
「伏せろ」
ランスの声に聖槍から手を離し、その場に伏せると、ビュンというものすごい音がして、ずさっという音が響いた。顔をあげ、音がした方角を見ると、床に聖剣が刺さっている。
聖剣を投げ、床に刺さるってどれだけの力を!?
顔を前に向けると、ランスがすぐそばまで来てくれている!
だが。
シャドウ・ガーゴイルは飛んでくる聖剣を避けるため、一旦上昇していたが、再び降下してきていた。
「アリー!」
叫んだランスが私を抱きしめ、その背後からシャドウ・ガーゴイルは迫っているが、ランスから輝きは発動していない。このままではランスとシャドウ・ガーゴイルが接触することになる……!
聖騎士であるランスは、ここで死んではならない!
咄嗟に両腕を開き、その体を抱きしめる。
ランスの頭を左腕で庇い、そして右腕でその背を、ぐいっと強く胸に抱き寄せた。
少しでもシャドウ・ガーゴイルに触れる瞬間を遅らせたいと思った。
魔物に触れられると、魂を喰われる――。
その時。
今日一番の輝きに、ランスだけではなく、廊下全体が光り輝いた。
眩しさですぐに目を閉じる。
勢いよくランスを抱きしめすぎて、そのまま私は廊下に仰向けで倒れる。当然、私が抱きしめているランスも、私に重なるようにして倒れこむことになった。
輝きは収まらず、私はただただランスを抱きしめ続けた。
これだけの光……つまりは生命力があれば、シャドウ・ガーゴイルは消滅したと思う。
が。
武器なくして本当に魔物が倒れるのか。
確信がないのでランスを抱きしめたまま、動くことができなかった。
それに光が……いまだ収まらない。
「アリー様……」
震えるようなランスの声が聞こえ、目を開けようとしたが、やはり眩しくてそれはできない。
「……!」
ランスにぎゅっと抱きしめられ、彼の顔、体を感じ、自分がどういう状態か気が付く。
自分でしたことだ。
シャドウ・ガーゴイルがランスに触れる瞬間を少しでも遅らせたいと思い、自分の胸に彼を抱き寄せた。胸にランスの顔が埋もれるようになっているのは、彼のせいではない。私がしたこと。そう分かっていても、叫び声をあげそうになった。彼の頭と体を押し返そうとするのを、ぐっと堪える。
いや、でも。
もうシャドウ・ガーゴイルは消失したと思う。それに今、ぎゅっと抱きしめているのは、ランスの方だ。私は力をいれていない。ならばそろそろいいのでは……? 私から、彼の体を押し返しても。
そう思ったまさにその時。
ランスがゆっくり上体を起こした。
ハッとして目を開けようとするが、やはりまだ眩しい。
彼は一体、ど、どうなってしまったの……?
シャドウ・ガーゴイルは珍しい飛行タイプで、膠着状態が続いていた。
ようやく倒せる状況になり、絶対に倒したいとランスは思ったことだろう。
だから最大限の生命力を発動させ、それが……あまりに強すぎて、収まらないのかしら?
再度、目をこじ開けようとして、でもすぐに閉じることになったその刹那。
私を見下ろすランスの顔が、あまりにも甘くとろけそうな表情で、それでなくても激しく鼓動していた心臓は……もう大爆発寸前だ。
◇
アリーのことを、絶対に守ると決めていた。
彼女の生い立ちを聞き、これ以上アリーが苦労する必要はないと思った。それに彼女の人柄の良さ、優しさ、気遣い。そのどれをとっても自分には好ましく感じられた。
シャドウ・ガーゴイルが現れた後、シリルと共に退避することなく、自分のそばに残り、見えない自分のためにサポートしてくれた。決定代がない中、それを打破するため、自ら聖槍を取りに行くことまで提案してくれたのだ。
そのアリーの叫び声を聞いた時は。
心臓が止まるかと思った。
ランス・フォン・エルンスの名をかけ、絶対にアリーを助けると誓った。
自分の出せる最大で、彼女の元へ向かうことにした。
廊下で震えながらも聖槍を構え、天井を睨むアリーを見つけ、神に祈った。自分はどうなってもいいから、彼女を守らせてくださいと。
聖槍は正当な持ち主ではないと、聖なる武器にならない。
それを知らず、聖槍を健気に構えるアリーに心が痛み、間に合ってくれと床を蹴る。
「伏せろ」と叫んだ後、聖剣を放つ。
シャドウ・ガーゴイルがどこまで迫っていたのか。
それはアリーの目の動き、表情からしか分からないが、ギリギリだったと思う。でも聖剣により、距離をおいたはずだ。
「アリー!」
その体を抱きしめた瞬間。
間に合ったと思い、全身が喜びで満ちた。
あとは力を発揮すれば、近づくシャドウ・ガーゴイルを消滅させることができるはずだ。
それを確信すると同時に。
アリーが自分のことを、両腕を広げ、抱きしめた。さらに左手は自分の頭、右手は背中を包み、守るようにして、その胸に抱き寄せた。
驚いた。
彼女が自分を庇おうと、守ろうとしていることに。
少しでもシャドウ・ガーゴイルとの接触を遅らせようと、懸命に自分のことを抱き寄せている――そう思えた。
聖女なんかではなく、ただの修道女で、でもなぜか魔物が見えてしまうアリーは。か弱い女性に過ぎないのに。聖騎士であり、聖なる武器がなくても魔物を倒せる自分を守ろうとするなんて!
無謀だ。
無謀だがたまらなく尊く思えてしまった。
その結果。
自分でも信じられない程、強い力を発動することになった。
もうシャドウ・ガーゴイルは消えている。
それは分かっていた。
でもアリーはまだ、自分のことを抱きしめ続けている。
そんな彼女を感じると……。
自分からもアリーのことをぎゅっと抱きしめていた。
そこで改めて彼女の豊かな胸の弾力を感じ、心臓が止まりそうになる。
なんという触れ心地なのだろう……。
ずっとこのままこうしていたい……という気持ちになりかけ、慌てて、上体を起こす。
見下ろすアリーは目をきゅっと閉じ、顔を赤くし、震えている。
その表情と仕草を見ると、言葉にできない感情が強く喚起され……。