140:愛する人が隣に
マスターナイトの称号の授与で起きた拍手は、ホールに共鳴し、巨大な音の波を作り上げた。しばらくして、国王陛下が手をあげるまで、歓声と共に、拍手は鳴りやまなかった。
続いて行われたランスへの公爵位の授与は、ホールにいた貴族達をとても驚かせた。何せ現在、伯爵位の次男であるランスが賜る爵位が、公爵位なのだから。公爵位は別格。通常ではあり得ない。だがランスの偉業を考えれば、文句を言う者なんていない。
よって公爵位を示す指輪、紋章が描かれた羊皮紙が、国王陛下からランスに授けられると、これまた拍手喝采だった。
これで今日の舞踏会での大きな役目が、ランスも私も終わったことになる。
「皆の者。間もなく、時刻は0時を迎える。新しい年が始まる。ニューイヤーを祝う花火を、カウントダウンと共に眺めようではないか」
国王陛下のこの一言で、皆、ホールに続くテラスへ向かい、庭園と移動が始まった。
そこでようやく周囲を冷静に見渡せるようになる。
「あっ……」
「どうしましたか、アリー聖女様」
私の手をとり、エスコートして歩き出そうとしたランスが立ち止まる。
「あの方です。ピクルスの瓶の方」
「え!?」
ランスと私が今いる一帯は、王族、宰相などの国の重鎮ばかりが揃う場所だ。その一角に、とても高位な身分に感じられた美青年がいた。
ランスは困惑しながらも、私の視線の先を追い、息を呑む。
「……アリー聖女様。彼は王太子様です。フランソワ・フリップ・ローゼル殿下」
「……! お、王太子様だったのですね」
なるほど。これですべて納得だ。
あの並々ならぬ高位を示すオーラは、その身分が作り上げたものだった。
そしてフランツと呼ばれていたけど、それは彼のニックネームね。
「……!」
私が見ていると気づかれてしまったようだ。
青みがかったグレーの瞳が私をとらえ、上品な笑みがこぼれる。
「アリー聖女様。行きましょう」
ランスが、フランソワ殿下をさえぎるように、自身の体を移動させた。さらにエスコートする手を持ち替え、腰にも手を添えると、ゆっくり歩き出す。
これはもしかして……。
ランスは、嫉妬しているのかしら?
フランソワ殿下の隣には、あの日にも見かけた、美しく着飾った令嬢がいた。多分、婚約者だろう。
正式な聖女として紹介されたのだ。近いうちに王族への挨拶も行うことになる。そこであの令嬢の正体も、明らかになると思うけど……。
王太子の婚約者で、間違いないと思う。
美しい婚約者もいるフランソワ殿下に、嫉妬なんてしなくていいのに。
ランスは本当に、可愛らしい。
「アリー聖女様、そんなに見つめないでください」
ランスの頬がぽっと赤くなったと思ったら、まばゆい光にその全身が包まれる。
「アリー、ランス様、こっち、こっち!」
ナオミの声に視線をそちらへ向けると、そこには……。
ナオミ、ジルベール、アンリ、ロキが待っている。
みんなのところへ向かうと、「この位置、穴場なんですよ。バッチリ花火が楽しめます」とアンリが笑顔になった。
庭園には宮廷楽団も移動しており、心弾むような音楽を奏でている。その楽団から少し離れた場所に、侍従長がいた。彼のそばにはいつの間にか、自身の身長ぐらいの置時計がおかれている。その時計は、23時50分を示していた。
国王陛下夫妻、フランソワ殿下ら王族、重鎮達が、侍従長のそばに移動している。庭園を見渡すと、見知った聖騎士達、ランスの家族、シリルとその婚約者などの姿も見えた。
給仕をするメイドとバトラーが、慌ただしく飲み物が入ったグラスを配っている。私達もグラスを受け取った。ランスはシャンパン、私は葡萄ジュース。
さっき大勢の前に出た時は、落ち着いてみんなの顔を見ることができなかった。でもこうやって見てみると……。
王都に来て一ヵ月も経っていないのに、意外と知っている人がいることに、なんだか安堵できた。これから知り合いも、もっと沢山増え、王都が私の居場所になるのかな。
母親に会うには、まだ時間がかかるかもしれない。でも求められ、自分がいられる場所が見つかり、心から嬉しくなっていた。
何より、愛する人が隣にいてくれるから……。
端正なランスの横顔をチラリと見て、胸が熱くなる。
外はとても寒いはずだが、授けられたマントとその上から羽織るファーのショール、そしてランスが抱き寄せてくれているので、寒さも感じない。それに今、幸せを感じ、心もぽかぽかしていた。
「アリー聖女、エルンスト公爵」
純白の軍服にゴールドのマントという、衣装が眩しいクリフォード団長が横にいた。いつも彼を守るようにそばに控える聖騎士がいないことに驚く。
「国王陛下と話したよ。君たち二人には驚かされた。二人で考えたのかな?」
「自分達というより、元々は国王陛下が口にしていた言葉がヒントでした。陛下は『クリフォード団長は、神殿と宮殿を守る。正騎士であるエルンストは、聖女アリーと共に魔物の討伐へ出向く。二人のマスターナイトが誕生したら、この体制にするつもりじゃ』と言われていたので」
ランスの返答を聞いたクリフォード団長は、その切れ長の瞳を細めて微笑む。
「なるほど。そこで実は先代聖女は生きていること話したのだね。さらに過去の出来事は起きたものとして受け止め、これからの未来を考えることを、陛下に提案した。神殿と宮殿を守るのは、アリアナ聖女と私。魔物の討伐へ出向くのはアリー聖女、エルンスト公爵。二人の聖女、マスターナイトがいることを、活かさない手はないと」