13:夕食会
夕食会の食事は、昼間とは一転、とても豪華なものだった。
私は肉料理を食べなかったが、巨大な牛肉のステーキや、仔羊のカツレツなども提供されていた。魚料理はヒラメのムニエル、鮭のバター焼きと、こちらも高級品のバターがたっぷり使われ、絶品!
初めて食べたキャビア。もっちりしたパスタにかけられたトリュフ。どちらも嗜好品として貴族には人気がある物だ。これをいただくことで、ここがやはり貴族のお屋敷なのだと実感してしまう。
お腹いっぱいの私にシリルは「食後のコーヒーは、テラスで楽しみませんか?」と提案してくれる。ティータイムでも過ごしたテラス。それは晩秋の日中だったが、とても過ごしやすかった。だが既に夜の帳も降り、肌寒くはないのかしら?と思ったら……。
グレイッシュピンクのロングケープを用意してくれた。ウールでできたこのケープは、とても暖かい。ランスには厚手の濃紺のマントが手渡され、それは着ている隊服にピッタリだった。シリルはホワイトシルバーの、これまた厚手のマントをつけると、なんだかもう本当に。物語の中の王子様みたいだ。
パーク男爵夫妻は、そのままダイニングルームでコーヒーを楽しむということで、私達三人はテラスに向かった。
「わあ、綺麗……」
庭園は防犯のため、いくつものランタンが灯されている。噴水の水しぶきに透けて見えるランタンの明かりは、とても幻想的だった。
さらに椅子に座ると。星空がよく見えている。
修道院には修道女専用の宿舎があり、二階の私の部屋は、天窓になっていた。だから毎晩のように星空を見ることができていたが、そんなこと、シリルは知らない。だから……。
「アリー様、見てください。この星空を。王都ではここまでの星空は見えません。パーク男爵家は、王都にはありませんが、そこから少し離れただけで、こんな星空を満喫できるのですよ」
きっとパーク男爵家では、王都から来る貴族を招くことが多いのだろう。王都に暮らす貴族にとって、男爵家の広い庭園も、この星空も、きっとスペシャルなものに感じられるのだと理解した。
「この幻想的な庭園と星空のために、テラスでのコーヒーを提案してくれたのですね。ありがとうございます、シリル様」
私が微笑むと、シリルはニッコリ笑顔になる。
その姿は本当に。小さな王子様だ。
そこにメイドが香ばしく薫るコーヒーとクッキーを運んでくれた。
しばらくは三人でおしゃべりをしながら、クッキーとコーヒーを楽しんだ。
シリルは子供の頃、噴水が勢いよく吹き出すのを見て、沢山シャボン玉を作れるのではと考えた。そこで大量の洗剤を噴水に投入した。その結果、噴水は泡まみれになり、確かに泡がシャボン玉のように吹き出した。だがものすごく怒られたという笑い話をすると。
ランスは子供の頃、東方から伝来した剣「カタナ」というものに興味を持った。さらにカタナを持つ東方の人は「サムライ」と呼ばれていると知ると……。その髪型を真似るため、髪を伸ばしていたことがあった話をしてくれる。
そうなると私も何か話せなくてはとなり、お姫様になりたくて、ブリキの缶で冠を作った話をした。
ここにいる三人の、お互いに知らない子供時代の話。
それぞれの幼い姿を想像し、楽しく話すことになった。
その時。
今日は、月が出ていない夜だった。
だから星空もよく見えている。
テラスは、カーテンを開けた屋敷の明かりにより、丁度いい明るさに照らされていたのだけど……。
突然。
暗くなった。
「急に、暗くなりましたね。お部屋の明かりを消したのでしょうか?」
私がそう口にすると、シリルは首を傾げ、ランスは「特に何も変わっていないと思いますが」と答える。
その瞬間。
私は頭上を見て、悲鳴を上げる。
ランスが立ち上がり、素早く聖剣を抜きながら私に尋ねる。
「どうされましたか!?」
「私達の真上に魔物がいます! まるで怪鳥のような姿の魔物<シャドウ・ガーゴイル>です」
「シリル様、アリー様を連れ、急ぎ屋敷の中へ!」
シリルは私の手を取り、屋敷の中へ入ろうとするが。
「お手伝いさせてください! これでも私、聖女の力の一部を使えますから」
「アリー様、ここは聖騎士であるランス様にまかせましょう」
「! ランス様、急降下してきています!」
聖剣をランスが抜いたので、驚いたシャドウ・ガーゴイルは一旦、私達のそばから離れた。でも再び、こちらへ向かってきていた。
空に向かい、聖剣を振り回すと、シャドウ・ガーゴイルは大きな翼を羽ばたかせ、慌ててその場に留まる。
「シリル様は魔物が見えませんよね? でも私は見ることができるので、避けることができます。危ないと感じたら、屋敷に入りますから。シリル様は、先に入ってください!」
「でも」
「ランス様、低空飛行で正面から、目線の高さで向かってきています!」
ランスが素早く剣を低い位置に構え、左右に振りかざすと、シャドウ・ガーゴイルは旋回して再び上空に急上昇していく。
連携して動く私とランスの様子を見たシリルは「分かりました」と屋敷の中に入り「ランス様、アリー様のこと、頼みます!」と叫んだ。
「アリー様には指一本、触れさせませんから。ご安心ください!」
ランスがキリッとした表情で応じた。