137:今日という日を忘れるな
ランスと私を見て反応したシリルは、リーフグリーンの瞳を、驚きで大きく見開いた。
「あ、アリー様!? お、驚きました……! とてもお美しいです」
シリルはソファに座る私のそばに駆け寄ると、その場で片膝を絨毯につき、跪いた。そして当然のように私の手をとり、その甲へと口づけをする。
「あの、シリル様、私は」
「アリー様、舞踏会が始まったら、ぜひ僕とダンスいただけますか!」
「おい、ガキ!」
「ロキ、止めろ」
「な、ランス、アリーはお前の婚約者だろうが!」
「えっ!」
再び目を丸くしたシリルが、私を見る。
「ア、アリー様、どういうことですか!? ランス様は聖騎士ですよね!? 婚約って……」
「シリルと言ったな。俺は王立ローゼル聖騎士団に所属する聖騎士ロキ・ジェームズ・ベネット。ベネット公爵家の三男で、デュアルナイトだ」
ベネット公爵家と聞いた瞬間。
シリルが立ち上がり、直立不動となる。
例え王都で暮らす貴族ではなくとても。
貴族でベネット公爵家を知らない者はいなかった。
「ロキ様、初めてお目にかかります。僕はシリル・ロン・パーク、パーク男爵家の三男です。お会いできて光栄であります」
「シリル、こちらにいるアリー聖女とランスのことを、盗賊の被害にあった時、助けてくれたのだよな? その節は助かった。ありがとう」
「い、いえ! 助けたのは僕ではなく、ランス様に僕が助けられました。……アリー聖女? アリー様は聖女ではなかったので、村の修道院へ帰ったはずでは……? え、聖女なのですか? 聖女なのに、聖騎士であるランス様と婚約なのですか!?」
リーフグリーンの瞳が衝撃でまた、大きく見開かれている。
「落ち着け、説明するから。でもまずは自己紹介だ。シリル、お前がエスコートしているのは?」
「失礼しました! 彼女はエミリー・ジェーン・ハウス。ハウス伯爵家の次女で、僕のいとこになります」
シリルに紹介されたエミリーは、伯爵家の令嬢らしく、おっとりとした様子で挨拶をする。
金髪縦ロールに碧眼、ストロベリー色のフリルとレースがたっぷりのドレスを着て、お人形さんみたいだ。
シリルとエミリーをソファに座らせ、続けてこちら側の自己紹介をする。それが終わると、私が聖女になった経緯、ランスが正騎士であることを、簡潔に説明した。
その説明を聞き終えると、さすがにエミリーも驚き、シリルは「王都で大規模な魔物の襲撃があったとは聞いています。そこに聖女が現れたという噂、正騎士の件も、ニュースペーパーで見ました。でもニューイヤーの舞踏会で、すべて明らかになるとのこと。お名前まではまだ明かされていませんでした」と、衝撃を受けながらも口を開く。
「でもまあ、そういうことだ。シリル、お前にとって、アリー聖女は初恋の相手だったかもしれない。だが諦めろ。もう手が届く相手ではなくなったんだ」
ロキにそう言われたシリルの、今にも泣きそうな顔を見ると、さすがに胸が痛む。二歳年下の弟にしか見えなかったシリルなのだ。とても可哀そうに思えてしまう。
「……まさか自分の社交界デビューの日にこんな気持ちになるなんて……。でも大人になるというのは、こういうことなのですね。とてもほろ苦い……」
「人生とはそういうものだ。何もかもがうまくいくわけではない。だがな、だからこそだ。何かうまくいったとき、喜びを感じられる。今日という日を忘れるな。いつかこの日を思い出し、甘酸っぱい思い出と思える日がくるさ」
ロキがなぐさめの言葉をかけると、シリルは「ロキお兄様……!」と目に涙を浮かべる。「ホールまで送ってやる。エミリーも、来い」とロキは声をかけ、三人は控室を出て行った。
「なんだか社交界デビューの日を、台無しにしてしまった気がします……」
「アリー聖女様、仕方ないと思います。もし一連の出来事がなかったとして、アリー聖女様は、シリルのエスコートを受けましたか?」
「それは……ないです。私の気持ちは、ランス様に向かっていましたから」
部屋の中が、昼間のように明るくなる。
「いずれにせよ、社交界デビューにあわせ、意中の相手から答えを求めたのは、シリルです。事前に今回のことを知ったとしても、当日、気持ちが沈んだまま、舞踏会へ足を運ぶことになったでしょう。もう過ぎたことです。もしも……と考えては、きりがありませんよ」
「そうですね……」
「元気を出してください。今日は、アリー聖女様が、聖女として皆に紹介される日なのです。どうか笑顔を取り戻してください」
今の言葉で気が付く。
勿論、聖女お披露目の日でもあるが。今日は、ランスがマスターナイトに選ばれたことが発表され、公爵位を授与されるのだ。彼の晴れの日に、私が暗い顔をしていてはいけない!
「ランス様、お願いがあります」
「何なのりと。我が愛しいアリー聖女様」
隣に座るランスは私の手をとると、優雅に手の甲に口づけをしてくれる。
もうこれだけでも、一気に全身の血流がよくなり、同時になんだか元気になっていた。
これ以上、元気になってもいいのかしら?
そう思いつつも。
「お願いがあります」と言ってしまったのだ。
ここで無言ではおかしい!
「その……はしたないことをお願いして恐縮なのですが……。一度でいいので、ぎゅっと抱きしめていただけますか?」
「!! それはお願いではないですよ。自分の願望でもあるのですから」
そう囁くとランスは、ふわりと私を抱き寄せる。そしてぎゅっと抱きしめてくれた。
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ホリデーシーズンということで
『悪役令嬢完璧回避プランのはずが
色々設定が違ってきています』
https://ncode.syosetu.com/n6044ia/
こちら2話同時に公開しました!
ページ下部の蕗野冬先生描き下ろしイラストバナーを
上の方へ移動させましたので、よろしかったらご覧くださいませ~