136:非常に気まずい!
宮殿に着くと、もうエントランスから大混雑!
馬車の大渋滞が、起きている。
整備している兵士たちも、本当に大変!
「すみません、こちらの馬車に聖女とグランドナイトが乗っています。お分かりの通り、本日の主役のお二人ですから。大変申し訳ありませんが、先に誘導させていただいてもよいでしょうか」
「まあ、聖女様と聖騎士の……グランドナイト!? 勿論でございますわ。ねえ、あなた」
「ああ、勿論です。どうぞお先に」
宮殿に待機し、舞踏会に向けて動いてくれていたアンリのおかげで、宮殿の中へ入ることができた。馬車渋滞は続いている。でもなんとか、ランス、ロキ、私は、馬車を降りることができたのだ。
「アンリ、お前、本当にシングルナイトか? 年齢的にデュアルナイトでもおかしくないし……お前、有能だと思う」
珍しくオーソドックスな黒のテールコートを着たロキに指摘されたアンリは「えーっ、僕なんてまだまだですよぉ」と頭を掻いているが。確かに廃城以降のアンリの活躍に、私達はとても助けられていた。
「それよりも三人には、控室が用意されています。勿論、ホールにそのままいかれてもいいですが、まだ開始まで……」
アンリは懐中時計で時間を確認して答える。
「まだ45分ほどあります。控室で、のんびり飲み物でも飲んで、お待ちいただいても大丈夫ですよ」
「アリー聖女、今日は長丁場だ。控室で今のうちに休んだ方がいいと思うぞ」
ロキに言われ「そうしましょう、アリー聖女様」とランスも微笑む。
そこでそのまま、控室に通してもらった。
「では時間になったら、またお声がけしますね!」と、アンリは飲み物をテーブルに用意させると部屋を出て行った。
その姿を見送ったロキは「アンリ……。アイツ、絶対、ヴァリアント・ウィング<団長の翼>だな。間違いないよ。見た目に騙されてはいけない」と言い、用意されたシャンパンを口に運ぶ。
「アンリがヴァリアント・ウィング<団長の翼>……。でも確かにそうかもしれないな。ロキに負けない絶妙なタイミングで姿を現す。それにシングルナイトなのに、クルエルティ・ヴィラン王都襲撃事件で、ほぼ無傷だ。その実力は……もしかするとグランドナイトに匹敵するのかもしれない」
ランスの言葉に、ロキがシャンパンのグラスをテーブルに音を立てて置く。
「な! ランス! アンリが俺より上だというのか!?」
「いや、ロキ、君は間違いなく昇進するよ。年明け、落ち着いたら、聖女と全員の聖騎士との祝福の儀があるだろう。そこにあわせ、新たなる武器の授与判定の儀も行われる。そこでロキは間違いなく、グランドナイトになるはずだ」
「!! そ、そうか。それは……それは嬉しいな。アリー聖女から、祝福と新しい武器を授かることができるなら」
祝福。つまりさっきランスにしたのと同じ。額への口づけ(祝福)ね。
ロキが頬を赤くすると「ロキ、あくまでそれは儀式の一環だから。よこしまな考えをするなよ」「な! いーだろう、少しぐらい!」「いや、ダメだ!」と、ランスとまた子供の喧嘩が始まる。
私が二人をなだめていると、扉がノックされ、アンリがひょっこり顔を出す。
「どうした、アンリ?」
ランスが尋ねると、アンリはアイスブルーの長い髪を揺らし、答える。
「ランス様を探している、シリル・ロン・パーク……パーク男爵の三男を、ご存知ですか?」
シリル……!
王都から村へ戻る道中、盗賊に襲われた。その際、お世話になった、年下の少しおませな少年だ。
王都の宮殿で開催される舞踏会へ、エスコートさせてほしいと彼から言われていた。それに対し、一度手紙で「どうも忙しく、それは無理そうである」と返事したが……。それきりになっていた。シリルからの返事の手紙が修道院に届き、それは別邸に届けられていたが、まだ読んでいなかった!
思うに、シリルが社交界デビューとなる王都の舞踏会とは、今日のこれなのではないか。忙しくて無理……と言っておきながら、ちゃっかり私は、ランスとロキと共に舞踏会に来ている。
これは……非常に気まずい!
でもシリルは、一体誰をエスコートして来ているのかしら?
やはりいとこ? 確か名前はエミリーだったと思う。
「アリー聖女様、どうされますか? シリルは今日のこの舞踏会で、社交界デビューとなるなら、宿も取っているでしょう。聖女のお披露目の前に、帰ることもないと思います」
つまりランスは、こう言いたいのだ。
今、会わなくても、聖女のお披露目で私がここに来ていることは、どのみちシリルは知ると。
!
そうよ。私は聖女なのだから。
舞踏会にシリルと来るのはできなかったと言えば、納得せざるを得ないだろう。
「シリルと会おうと思います!」
アンリが「分かりました!」と答え部屋を出ていくと、ロキがランスと私を見る。ランスがシリルとの出会いについて説明すると「そういえば盗賊に襲われたと言っていたな。世話になった坊ちゃんということか」とロキは応じる。
そこに扉がノックされ、アンリに連れられたシリルが部屋に入って来た。
今日が社交界デビューだからだろう。
伝統的な黒のテールコート姿で現れた、金髪で色白のシリルは、部屋の中を見渡した。ロキを見て首を傾げ、ランスを見て「!」となり、そして私を見て「!!」と、リーフグリーンの瞳を大きく見開いた。