134:デジャヴを覚えた
ランスの聖旗判定の儀。
それはシンプルなもので、時間としては、本当にあっという間だったと思う。
でも、ランスに負けないぐらい、私も緊張してしまった。
祭壇の前に立つ神官長に、箱から出された聖旗が渡される。
神官により、旗棒をつけられた聖旗は、私に手渡された。
その後、神官長が、今日の儀式の意図を列席者に伝える。
それが終わると神官長に「では第102代聖女であるアリー聖女様、こちらへ」と前へ出ることを促された。
祭壇の前の大理石の床には、聖女の証である薔薇の紋章が、円陣の中に描かれている。
ランスは私と向き合うと、緊張しているだろうに、とても秀麗な微笑を浮かべた。
あまりの美しさに息を呑み、そして神官長に続き、ランスへ告げる。
「聖騎士であり、正騎士のランス・フォン・エルンスト。あなたに、第102代聖女であるアリー・エヴァンズが、この聖旗を授けます。この聖なる力が込められた聖旗を使い、民を、国を守ってください」
ランスは片膝を大理石の床につき、跪くと、自身の右手を左胸に当てる。
「聖騎士であり、正騎士のランス・フォン・エルンストは、第102代聖女であるアリー・エヴァンズからの命を、謹んでお受けいたします。アリー聖女様の聖なる力が込められた聖旗を使い、民を、国を守ることを、ここに誓います」
一度頭を下げ、上げたランスは、両手を私に差し出す。
私はその手に、聖旗の旗棒をのせる。
「ランス様、お願いします」と囁くと、ランスがそのターコイズブルーの瞳を細め、頬がほんのり赤く染まる。
聖旗を受け取ったランスはゆっくり立ち上がり、私は薔薇の紋章が描かれた円陣から出た。
円陣の中央に立ったランスは、聖旗を掲げ、聖旗で聖域を展開するための言葉を唱える。
「守りの聖域を展開<サンクチュアリ・オブ・エンブレイス>」
旗棒が、大理石の床に、トンと触れたその瞬間。
春風が吹き抜け、薔薇の花びらが四方八方へと広がっていく。
芳醇な薔薇の香りに、うっとりした気持ちになる。
聖騎士達からため息と「温かい」「慈愛を感じる」「癒される」という声が漏れ、涙をこぼしている者もいる。そして次の瞬間。
クリフォード団長、副団長に続き、その場にいた聖騎士が一斉に片膝を大理石の床につき、跪く。
「アリー聖女様に忠誠を。新たなるマスターナイトであるランス・フォン・エルンストに祝福を」
クリフォード団長の言葉を、その場にいた王立ローゼル聖騎士団のメンバーが、一斉に復唱した。
◇
新たなるマスターナイトが誕生した。
この一方が伝えられると、宮殿ではさらに忙しさが増す。
今年のニューイヤーズイブは、舞踏会の中で、ニューイヤーのお祝いに加え、新生聖女のお披露目、マスターナイトと爵位の授与まで行われるのだ。舞踏会まで残り約半日。宮殿は準備に追われる。
その頃、ランスと私は。
一度だけ喜びの気持ちを込め、抱き合っていた。
本当はもっとずっと、この喜びの気持ちを、分かち合いたかった。
でも時間がない。
宮殿に戻ろうとする国王陛下を引き留め、限られた時間を使い、ランスと二人、話をさせてもらう。
それを終えると、屋敷へ戻り、夜の舞踏会へ向け、準備となる。
まずは昼食を終えて。
ランスの元には、マスターナイトの授与に伴い、衣装が届けられる。
彼のための、彼専用の、特別な衣装。
用意された上衣の、上から二つ目の飾りボタンは、聖女が自ら縫い付けるのが伝統だという。
心臓に近い二つ目のその飾りボタンには、聖なる力を特別に込める。
聖女がその生涯で一度しか作れない聖旗を授与された、聖騎士の心臓を守るために。
聖旗が展開されるのは、敵が本拠地の目前に迫っている証拠。
最後の聖域が、最期まで守られるように。
「完成ね」
修道院では、お裁縫はできて当たり前。得意中の得意だったので、ついでに上衣の裏地に、ランスのイニシャルまで刺繍してしまった。
それを手に、ランスの部屋へ向かう。
丁度、舞踏会に向け、ランスは着替えを始めた時間だと思った。
扉をノックし、ランスが応答してくれるのを待つ。
ガチャッと扉がいきなり開いた。
「だからロキ、ふさげるのは止め、君も早く着替え……」
上半身裸のランスがいる。
デジャヴを覚えた。
いつかと同じ。
驚き、でも、その完璧な肉体美から、やはり目が離せなかった。
まさに理想の肉体。
教会の入口に置かれた、大天使ミカエルの石像のよう。
ほっそりした首、綺麗なラインを描く鎖骨までは女性のよう。でもその下の胸筋はきりっと引き締まり、腹筋も美しく割れている。
「アリー聖女様……!」
ゆっくり目を閉じる。
勿論、ランスの閃光をやり過ごすため。
「!!」
その美しい胸筋と腹筋がある腕の中に、抱きしめられていた。
心臓がドキドキしつつも。
どこかで冷静な私がいる。
だって。
これもデジャヴを覚える展開だから!
「アリー聖女様、失礼しました! ロキがふざけて、子供のようにドアノック・ダッシュをしていたので……」
「なるほど。まあ、そんなことではないかと思いました。もう汗を流されたのですね。では丁度いいです。今晩の舞踏会で着用される上衣の用意が整いましたので、お持ちしました」
「……! ありがとうございます、アリー聖女様」
お風呂上りだから、ランスの胸の中は暖かい。
しっとりと湿度も感じ、肌もすべすべ。
ドキドキより、なんだかキュンとしてしまう。
「ところでランス様、なぜ、今、この状態なのでしょうか?」
「それは……自分がとんでもなく光を発している自覚があるからです。眩しいだろうと思い……」
そう言った後、ランスの顔が近づいたと思ったら、耳元で「目を閉じたアリー聖女様があまりにもお可愛く……。本能で抱き寄せてしまいました。……失礼しました」と囁くと、その腕の中から解放される。
もう腰が抜けそうになったものの。
ランスが準備をしているぐらいなのだ。
私もドレスを着替えないといけない。
ということでなんとか力を振り絞り、自室へ戻った。