133:儀式
「まずはランス様の、聖旗判定の儀に立ち会うのですよね。そうなりますと……。聖旗は、紺色の生地に、銀糸による刺繍があしらわれているとお聞きしています。でしたらこちらのドレスで、どうでしょうか」
ララが私にすすめてくれたドレスは……。
紺色のマーメイドラインのドレスには、銀糸で羽が舞うように刺繍されている。小粒のパールも飾られ、とても美しい。
「これでお願い」
「「承知しました!」」
リリスとララが同時に返事をして、身支度を整える。
下ろした髪はハーフアップにして、パールの髪飾りを、全体的に散らしてもらった。鏡で確認すると、まるで花吹雪を髪に飾ったようだ。
淡いローズ色のチークとルージュで、優しい仕上がりでメイクをしてもらう。
「完成ですね」「完成です!」
リリスとララが手を合わせ、完了を喜んでいると、扉がノックされる。
「アリー聖女様、準備はできましたか?」
「ええ、完了しています」
部屋に入って来たランスの装いに「まあ」と思わずため息がもれてしまう。
聖旗判定の儀に挑むランスは、いつもの隊服姿と思った。
でも違っていた。
襟や袖に美しい銀糸による刺繍があしらわれ、飾りボタンに騎士団の紋章が繊細に彫られているアイアンブルーの隊服であるところは、いつもと同じ。だが胸にはリボン型の勲章、飾緒、技能章のバッジが飾られている。
つけているマントは、裏地が白、表は紺色。背中に王立ローゼル聖騎士団の紋章、月桂樹と剣が金糸と銀糸で刺繍されていた。でもそこまではいつもと同じ。いつもと違うのは、銀色のフリンジが裾に飾られており、普段より華やかになっているところ。
つまり儀式用の装いになっていた。
その結果、ランスは通常よりさらに素敵になっている!
「ランス様、とてもかっこいいです」
「アリー聖女様も、いつにもましてお美しいです……」
二人して照れあっていると。
「やあやあ、そこ! お互いに顔を赤くして! 距離が少し近いぞ。それにこれから神聖な儀式。気を引き締めろ!」
いつもの隊服姿のロキが私の手をとり、歩き出す。
「ロキ!」と抗議の声を上げながら、ランスが私のもう一方の手をとる。
「「いってらっしゃいませ、ランス様、ロキ様、アリー聖女様」」
リリスとララが苦笑しながら、見送ってくれる。
馬車の中ではランスは常時キラキラ状態で、私に甘えたい気持ちが全開だった。多分、そうはさせまいとロキが邪魔をしまくるので、なおのことランスの気持ちが高まっている気がする。
そうしているうちにも、神殿に到着した。
正面の神殿の入口は、三十段の階段がある。その前のエントランススペースには、馬車、馬が次々と到着し、神官や聖騎士が階段へと向かっていた。
「あ、アリー聖女様!」
アンリと何人かの聖騎士達が、こちらへ駆け寄って来た。今日の主人公は、ランスなのだけど。私のドレスが美しいと、皆が口々に褒めてくれる。その後は……「ランス様が羨ましい」「ランス様のように正騎士だったら」とため息が漏れ、ロキから「お前たち、女々しいぞ!」と一喝されている。
普段は他の聖騎士みたいにランスを羨んでいるロキだが、今はみんなを叱咤激励していた。
「聖女に忠誠は誓うが、婚姻は自由――その方向性で戒律の変更を行う予定だ。皆、エルンスト伯を羨む必要はない」
そう言って私達を追い抜き、神殿に続く階段を上っていくのは、クリフォード団長だ。彼を先頭にその後に続く聖騎士達は、上品に微笑み、私達に会釈してくれる。
私達の周りにいるのは、まるで子供の聖騎士たち。対してクリフォード団長の後に続くのは、洗練された大人の聖騎士という感じだ。
さすがクリフォード団長ね。
しかも聖騎士達の婚姻を認めるよう、戒律の変更をしようとしているなんて!
でも私とランスの婚約が、その変更の機運を高めると思う。
みんな聖騎士である前に、一人の人間なのだから。
好きな相手がいるなら、結ばれても……いいよね。
そう思っているうちに階段を上り終え、神殿の中に到着した。
真っ白な大理石の床と太い柱がズラリと並ぶ通路を進んでいく。
「到着しました。こちらです、アリー聖女様」
神殿に到着してから、ランスは緊張で口数が少なくなっている。
聖旗判定の儀は、クリフォード団長以来で実施されるもので、今日は国王陛下も立ち会うことになっている。クリフォード団長の時に、国王陛下の立ち会いはなかったので、これは異例だ。ランスが緊張しても、当然だった。
「ランス様、大丈夫です。ランス様は私の正騎士なのですから。私の聖なる力が込められた聖旗を、ランス様が扱えないわけがありません!」
「アリー聖女様……」
既に大勢が集まるホールのような広間に入り、祭壇の方へ進む。
神官長が祭壇の前に立ち、右手に国王陛下、クリフォード団長、副団長、腹神官長など要職者が集結。祭壇前のスペースには、聖騎士達が勢揃いしていた。ロキとアンリもそちらへと移動し、ランスと私は祭壇の左側に移動した。
「静粛に、静粛に」
神官長の声をかけると、ざわめきが止む。
厳かな雰囲気の中、聖旗判定の儀が始まった。