132:いろいろと気が抜けない!
クリフォード団長は「シャドウマンサー<魔を招く者>の魔力が込められたペンダントを、私が勝手に持ち出したことに対する罰が下されれば、終幕です」と、自身が最後に悪者になり、十八年前に起きた出来事をなかったものにしようとしているが……。
そんなことはさせない。絶対に。
でも今はその手段が、思いつかない。
だから何も言えない……。
思わず俯く私に、クリフォード団長が声をかけた。
「アリー聖女は、こんな疑問は持ちませんでしたか? 孤児院の門の前に、一度は自分のことを置き去りにしたとしても。状況が落ち着いたのであれば。シアラー辺境伯領で、元気に暮らしているなら、自分のことを迎えに来てくれてもいいのではないか――と」
「それは……今、指摘されるまで想像していませんでした。でも言われてみれば……そんな風に考えることもできますね」
クリフォード団長は、カップの紅茶を飲み干して答える。
「シアラー辺境伯領が、完全に安全地帯とは言えません。王都では、私が目を光らせていることができます。でもシアラー辺境伯領で何か起きても……。勿論、アリアナ聖女を守るよう、私の腹心を配備しています。シアラー辺境伯家に仕える騎士ですが。それでも何かあった時、アリアナ聖女とあなたが一緒であれば、危険です。よって途中で引き取ることもできませんでした」
つまり、一連の騒動がなければ、私は……。
自分の両親が誰であるか分からないまま、一生を終えたのかもしれない。
そう考えると、運命とは実に不思議だわ。
「さて。随分と長話をしてしまいましたが、そろそろエルンスト伯も、戻ってくるでしょう。ニューイヤーの舞踏会まで、彼の立場はあくまで聖騎士。でも彼はアリー聖女の正騎士です。彼はあなたのそばにいるべき騎士。明日からは、あなたの専属護衛が任務です」
そう言うとクリフォード団長が、ソファから立ち上がった。
美しい純白の隊服。45歳とは思えない、若々しい風貌。
肩までの長さのプラチナブロンドが、サラリと揺れた。
「クリフォード団長、いろいろ本当にありがとうございます。私の母親に対しても、私に対しても。心から尽くしてくださっていることに、心から感謝しています」
私がそう言うと、クリフォード団長は、切れ長の瞳を細め、ふわりと微笑んだ。
◇
クリフォード団長の訪問があった翌日から、ランスは私の護衛についた。ランスがいるならロキは、もうお役目御免かと思ったが……。
「ランスはアリー聖女の正騎士だが、年内はまだ聖騎士に過ぎないからな。婚約をしても、一線を超えていいのは結婚してからだからだ。過ちが起きないよう、俺が見張ってやる」
そう言ってこの別邸に、滞在を続けている。
そんなロキとランスに囲まれ、聖なる力を武器にせっせせっせと込めていた。クルエルティ・ヴィラン王都襲撃事件で多くの武器がダメになっている。時間がある時に――と言われていたものの。これは待ったなしのお仕事(?)だと思い、取り組んでいる。
その一方で、私の出生の秘密。クリフォード団長の許可をもらった上で、ランスには話していた。私の両親が判明したことを知り、ランスは喜び、でも父親が亡くなっていることが分かると、自分のことのように悲しんでくれる。
喜びも悲しみも。心から分かち合える人がそばにいることは、とても心強い。
その私の心の支えであるランスとの婚約の手続きも、進んでいる。
両親が誰であるか判明したが、それは公にできることではない。いつかは……世間に明かせる日もくるかもしれないが、今ではなかった。よって修道院から正式に出るという手続きと一緒に、修道院長と修道副院長に、婚約の手続きの書類へサインしてもらうことになった。
さらに本来、村の修道院でするべき修道院を出るための儀式を、王都にある修道院で行ったりもした。
こうしてクルエルティ・ヴィラン王都襲撃事件から一週間が経ち、そしてこの別邸に聖旗となる旗が届いた。
クリフォード団長の聖旗は、純白の生地に金糸の刺繍で、聖騎士団の紋章である月桂樹と剣があしらわれていた。今回、ランスのために用意された旗は、紺色に銀糸で聖騎士団の紋章が刺繍されている。
これに聖なる力を込める必要があった。
剣、槍、弓と違い、サイズもあるし、込める聖なる力の術式も、防御特化のもの。
この時ばかりはランスとロキには部屋から出て行ってもらい、一日がかかりで集中して作業することになった。一切の煩悩を排除し、展開される聖域をイメージし、聖なる力を込めた。
「……できたわ……!」
もう深夜近くに作業が終わると、寝ずに待っていてくれたランスとロキから労をねぎらわれた。
完成した聖旗は、儀式に備え、一足先に宮殿へ運ばれていく。美しい布が敷かれた専用の金属製の箱に納められて。
「アリー聖女様。自分のために頑張ってくださり、ありがとうございます」
キラキラと輝くランスは私をぎゅっと抱きしめ、そして「明日からは、聖なる力を込めた武器作りもお休みです。自分もホリデーシーズンの休暇です。ニューイヤーの舞踏会に備え、ドレスを選び、宝石を選びましょう。今度は晴れの日の準備です」と、今後の予定を教えてくれた。
いよいよ、私が聖女であること、ランスが正騎士であること、そして二人の婚約が発表される。そしてその発表の場である舞踏会の前に、ランスは儀式に挑むことになっていた。聖旗の持ち主にふさわしいか、判定を受ける。見事、聖旗の持ち主と認められれば、ランスはマスターナイトの称号を得ることになるのだ。
まだまだいろいろと気が抜けないわね。
でも今は。
大好きなランスに抱きしめられているのだから。
その引き締まった胸に、顔を寄せた。
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