131:彼の気持ち
私の母親は予想通り、聖女アリアナだった。
今はアリアとして、クリフォード団長の実家であるシアラー辺境伯領で生きている。
母親に会える……そうなると当然よね。
父親のことも気になる。
一体誰なのか。
聖女と結ばれるという禁忌をおかしたのは?
「……父親が誰であるか、それを教えていただくことは、できるのですか?」
「ええ。あなたの父親は、聖騎士だったニコラス・リントン。アリアナ聖女に忠誠を誓っていましたが、その気持ちを抑えきれず、心身共に結ばれることになりました」
「聖騎士だった……ということは、今は辞めているのですね。辞めて……シアラー辺境伯領で母親と結婚し、一緒に暮らしているのですか?」
クリフォード団長の表情が重く、暗く、沈んでいく。
「いえ、そうではありません。聖騎士を辞め、アリアナ聖女と結婚するつもりだったと思います。ただ、彼はそうする前に……命を落としました。四天王の一角、吸血蝙蝠型の魔物<ブロッド・バット>の討伐時に」
「えっ……」
「ブロッド・バットの討伐作戦の指揮官は、私です。ニコラスの死の責任は、私にあると思っています。本当に申し訳ありません」
突然、深々と頭を下げるクリフォード団長を目の前にして、呆然としてしまう。
亡くなったと思った母親は生きていたのに。父親は亡くなっていた。
その事実は、十分にショッキングなもの。
それなのにクリフォード団長に頭を下げられてしまうと……。
「ブロッド・バットは強敵だったと思います。ランスと私のように、生命力と聖なる力による殲滅もできない状況。でもクリフォード団長が、指揮をとられていたのです。犠牲は最小限になるよう、努力されていたと思います。ですから頭を上げてください」
それでもしばらくクリフォード団長は、頭を下げていた。
その間、私はどうしたら彼が頭を上げてくれるかと、あたふたしてしまった。
「もしアリアナ聖女とニコラスが結ばれており、彼女のお腹に彼との命を授かっていると分かっていれば……。ブロッド・バットの討伐作戦に、ニコラスを加えることはなかった」
ようやく顔をあげてくれたクリフォード団長だが、その顔は苦悩に満ちている。
「でもニコラスは……四天王の、ブロッド・バットの討伐は、アリアナ聖女の悲願であると知っていた。ゆえにこの討伐が終わったら、聖騎士を辞し、すべてを皆に打ち明け、アリアナ聖女と結ばれるつもりだったのです」
「つまりクリフォード団長は、ブロッド・バットの討伐作戦が遂行されている時、ニコラスと聖女アリアナの関係も、私がお腹にいたことも知らなかったわけですよね。それならなおのこと、仕方ないと思います」
初めて見るクリフォード団長の、悲しみをたたえた瞳。
当時の彼の苦しみを思うと、胸が痛む。
「責任を感じ、聖女アリアナ……母親のために、動いてくれたのですね。クルエルティ・ヴィランは私に『第102代聖女であるアリー・エヴァンズ……いえ、アリー・アリアナ・シアラー、それが本当のあなたの名前でしたね』と告げたのですが、今、母親はアリア・シアラーとして生きているわけですよね。自分の本当の名前を告げられた時。私の父親は、クリフォード団長かと思いました」
……!
クリフォード団長の今の表情は……。
私の今の言葉を聞いた彼は……なんて悲しい顔を……。
でもその悲しみは、一瞬だった。
それでも分かってしまった。
クリフォード団長は……聖女アリアナのことを……。
でも彼は団長になれるぐらいの器の持ち主。
それにニコラス……父親の死に対し、責任を感じている。
よって自身の気持ちを、封印したのでは……?
「私にとってアリー聖女は、自分の子供も同然です。直接会いに行くことも、できません。接点を持つことはできませんでしたが、あなたのことを忘れたことは、ありませんでしたから」
「……結局、私の母親が隠れることになったのは、父親が亡くなったからですか?」
「その通りです。結婚するつもりだった……ではすみません。未婚のままでニコラスはこの世から去り、アリアナ聖女のお腹には新しい命が宿っていた。完全に私生児です」
それは……かなり外聞が悪そうだ。
「聖女である上に、妊娠。その上、相手は戦死したことになっているが、本当にそうなのか。ただの私生児ではないか。……批判は避けようがありません。そうなればアリアナ聖女に対し、ヒドイ罰が下される可能性もある。それを踏まえると、やはり表舞台から彼女は消えるしかなかった」
当時の状況、そして現在に至るまでのすべてが、よく理解できた。
まさか今日、こんな話をクリフォード団長から聞けるとは思わなかった。
クリフォード団長は……これからどうするつもりなのだろう?
なぜ私がペンダントを持っていたのか。
その調査を任されていると思うが……。
もうここまで踏み込んだ話をしているのだ。
よって尋ねてしまった。
すると。
「アリー聖女は、この国に必要な存在です。しかも正騎士を得たあなたは、歴代聖女と比べ物にならない、尊い存在となりました。もうその立場は盤石。エルンスト伯が聖旗を授けられ、マスターナイトに任命されたら、私が退場する時です」
「えっ……、それは、それは、どういうことですか、クリフォード団長!」
「国王陛下にこの十八年間、秘めてきたことを打ち明けます。これまでの功績もありますから。既に表舞台から退場し、この世から去っているあなたの両親が、罪に問われることはないでしょう。後はシャドウマンサー<魔を招く者>の魔力が込められたペンダントを、私が勝手に持ち出したことに対する罰が下されれば、終幕です」