130:誰だと思いますか?
赤ん坊だった私を籠にいれ、孤児院の入口に置いた。シャドウマンサー<魔を招く者>の魔力が込められたペンダントと共に。そんなことをしたのは誰なのか?
それはクリフォード団長なのではと、私は思っている。
そしてそれを今、本人に問うていた。
彼はなんて答えるのかしら?
心臓がドキドキしていた。
いきなり彼の懐に、強力なカードを切ったのだ。
跳ね返される……?
「……誰だと思いますか、アリー聖女は?」
カードをめくった。そして微笑み返された心境だ。
「私は……それはクリフォード団長だと思っています」
さすが、王立ローゼル聖騎士団の団長。
あのクセ者のロキでさえ、一目置き、手強いと感じているだけある。
表情が一切変わらない。
視線が動揺し、彷徨うこともない。
不自然に固まることも、なかった。
手を組み、ゆったり微笑するその姿は、普段と変わらない様子。
「根拠をお聞かせいただいても?」
「それは単純明快です。シャドウマンサー<魔を招く者>の魔力が込められたペンダント。しかも裏で取引され、闇に沈んだものではありません。聖女アリアナを害するために、献上された。でもそれは彼女の元に届く前に、聖女を害する道具であると、暴かれています。クリフォード団長により」
顔色を変えず、組んでいた手をほどき、クリフォード団長は紅茶を口に運ぶ。
「ペンダントの存在は公にされ、事件としてニュースペーパーにも載りました。そしてそのペンダントを調査し、破棄する役目を担うことができたのは、クリフォード団長なのでは?」
「なるほど。実に分かりやすいですね。でもなぜ私がそんなことをしなければならないのでしょうか?」
「それは……」
もう手元に残る、最強のカードを切るしかない。
果たしてクリフォード団長は、どうでるかしら?
今が、そのタイミングかも分からない。
いきなり……にしなければいい。
小出しに。
「クリフォード団長自身に、動機はないと思います。押収した聖女を害するようなペンダントを、破棄せず利用する理由はなかった。でもクリフォード団長が信頼する相手から頼まれたら、話は別だと思います」
「これもまた90%不正解で、10%だけ正解ですね」
え……?
そうなの?
「私にもそうする動機がありました。それはさっき語りましたよね?」
あ、そうか。
彼自身、聖女であっても一人の人間であるからには、好きな相手ができれば、婚姻できる権利があると思っている。つまり私の幸せを願ってくれた。
「動機もありますし、ペンダントを使う方法を思いついたのも私です」
なるほど。彼は団長になるぐらいだから。頭が回る。
「ただ確かに。『クリフォード、お願い。それならそのペンダントをこの子と一緒に。将来、私のような思いをさせたくないわ。ただの一人の女性として、幸せな人生を歩んでほしいわ』と言われ、籠にペンダントいれ、そしてあの孤児院の前に置き去りにしました。私が」
ペンダントを入れたのは誰か?――そこまでしか尋ねていないのに。クリフォード団長から明かしてくれた。彼が……やはり私を。
そこまでカードを切ってくれたなら、もういいわね。
こちらから最後のカードを切る。
「クリフォード団長がそこまでするのは、相手が聖女アリアナだったからですね」
そう告げると、クリフォード団長が笑顔になった。
駆け引きなし、心からの笑顔だ。
「その通りですよ。もういいでしょう。あなたの母親は、アリアナ聖女です」
やはりそうだったのね。
そうなると気になるのは……彼女の死の真相だ。
「聖女アリアナは……私の母親は、流行り病で亡くなったのですか?」
「生きていると言ったら、驚きますよね」
驚いて、声が出なかった。
人は……あまりにも衝撃を受けると、言葉が……出ないのね。
母親が生きているなんて……。
「聖女から相談を受けました。『月のものがきていない』――そこでアリアナ聖女が妊娠している可能性が浮上しました。聖女が妊娠しているなんて、前代未聞。どんな沙汰が下されるか。想像もできません。そこでアリアナ聖女は、表舞台から姿を消す必要がありました。幕引きを手伝ったのは、私です」
「母親は……生きているのですね……! 今はどこにいるのですか? 私は会えるのですか?」
気づけば涙が頬を伝っている。
クリフォード団長は、自身の胸元から取り出した、淡い水色のハンカチを渡してくれた。
「私の実家であるシアラー辺境伯領で、元気に暮らしていますよ」
「そうなのですね……!」
クリフォード団長が渡してくれたハンカチを、ぎゅっと握りしめてしまう。
流行り病で亡くなったなんて聞いていたから、病弱なイメージもあった。
でも元気で生きているのね!
私の母親……聖女アリアナを神殿から逃すため、クリフォード団長は、シャドウマンサー<魔を招く者>を隠れ蓑にした。
修道院の図書室で読んだ本に書かれていた「聖女が亡くなった寝室からは、深紅の薔薇と黒い布が発見されたこと。神殿から黒いローブを被った集団が、聖女が亡くなったとされた日に目撃されたこと」という件は、嘘ではなかった。
もし逃亡に失敗しても、シャドウマンサー<魔を招く者>に攫われそうになったと説明できるよう、偽装していたのだ。
だが、逃亡は無事成功。その結果、ごく限られた一部の関係のみに、聖女はシャドウマンサー<魔を招く者>攫われたことが明かされた。その一方で対外的には、流行り病で聖女は死亡したと、発表されている。
聖女がシャドウマンサー<魔を招く者>に攫われたなんて、前代未聞の話であり、世間を揺るがす。よって箝口令が敷かれた。
シアラー辺境伯領に逃れた聖女アリアナは、極秘に出産。クリフォード団長が、孤児院の前に私を残した。
「彼女は聖女という身分を隠し、アリアという名で、新しい生活を始めた。シアラー辺境伯領は、彼女のおかげで魔物は少ない。でも稀に王立ローゼル聖騎士団の手をかりたいような魔物も出るとか。魔物の討伐のため、シアラー辺境伯領へ、足運ぶ機会もあるのでは。そうすれば会えますよ、あなたの母親に」
絶対にランスに頼み、シアラー辺境伯領に行こう。
母親が生きていて、会えるという喜びに満たされた。
そうなると気になるのは……。
父親のことだ。