12:結婚について
目を開けるとキリッとした表情に戻ったランスがいる。
「部屋に思わずアリー様を招いてしまったのは、上半身裸の自分と向き合っているところを誰かに見られては、誤解されてしまうと思ったからです」
「え、誤解……?」
キリっとしていたのに。
頬を赤くし、ランスはまた輝く。
そこでしみじみと思う。
彼は、一日の間に何度も、生きる喜びを感じているのね。これは……とても幸せなことだと思った。
「ともかく、急に部屋に引き込む形になり、申し訳ありませんでした。しかも自分の上半身裸の胸に……」
もう輝くランスは、デフォルトと思おう。
薄目状態で、彼の話を聞く。
「いろいろ申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「大丈夫ですよ」
「ところでアリー様は、自分の部屋に訪ねてきてくださったのですよね? 何か用事があるのでは?」
そう言われ、私は「ああ」と手のひらをグーの手でポンと叩く。
「……夕食まで時間があるので、ランス様と」
「はい」
「お話でもしたいな、と思った次第です」
「自分と、ですか?」
こくりと頷き「特にこれと言って話したいことがあるわけではないのですが……」と言いつつも。気づけば私はシリルについて、ランスに相談していた。
「アリー様。ご自身が修道女であることを一旦忘れ、結婚をしたいと思われたことはありますか?」
「それは……」
ロマンス小説を読み、結婚に対する憧れはあった。
でも実際には、修道女である自分とは無縁であると思っていたし、何よりも……。
「相手がいないと思っていました」
「でも相手は……できたわけですよね。シリル様。男爵家の三男で、まだ若く、これからの人材」
「そうですね」
そこでシリルが語った将来の展望をランスに聞かせると、彼はもうビックリして、そのターコイズブルーの瞳を大きく見開いている。
「16歳……。自分より5歳年下でそこまで考えているなんて……」
「ランス様は聖騎士なんですから。結婚については考えないですよね。もし聖騎士をしていなければ、シリル様のように考えていたのではないですか?」
それはランスに対して私が尋ねたことなのに。なぜか私とランスが結婚したら……という世界を私が想像していた。
その想像の世界では、ランスは私と結婚しても聖騎士を続けている。見えないランスのために、見える私が魔物を見つけ、彼の強い生命力で次々と魔物を倒す。二人で手を取り合い、魔物を倒す旅を続けている……。
絶対にあり得ない未来だから、安心して想像できるわね。
そこで強い光を感じ、我に返ると同時に目を閉じ、ゆっくり開く。
私から視線を逸らし、顔を横に向け、自身の手で顔隠すようにしているのは……頬が赤いのを隠すためかしら。でも右手で右頬を隠して右を見ても、真っ赤な左頬は丸見えなのに。焦ってそのことには、気づいていないのね。
なんだかこういう時のランスは、可愛らしく思えてしまう。
何度か深呼吸をすることで、ランスの光は弱まり、そしてようやく私の方を見た。
「私には兄がいて、弟もいます。二人とも婚約者がいるのですが、それは親同士の話し合いで決まった相手です。婚約してから初めて会うことになった。兄は婚約者を気に入り、うまくいっているようです。でも弟は……。シリルと変わらない年齢ですから。照れているだけかもしれませんが。うまくいっているとは言い難い」
そこでランスは、自身のサラサラで光輝くホワイトブロンドの髪をかきあげた。
「貴族の結婚はこんな感じですが、平民同士の結婚でも、同じようなものだと思うのです。親同士が決めた結婚が、一番自分の意志が反映されず、我慢を強いられることも多いでしょう。でも今回のシリル様のような場合は……全くの他人でしたが、先にお互いに会って会話もしているわけです。その点は恵まれていると思います」
そこで大きく息を吸い、ランスは続ける。
「アリー様の身の上話を聞く限り。苦労をされてきたと思います。幸せになれるチャンスがあるなら、それはしっかり掴むべきでしょう。その点で考えると、シリルの提案は悪いものではないと思います。弟に比べ、彼はずっとしっかりしていると思いました。堅実だと思いますが……」
そこでランスは言いよどむ。言いよどんで再び光り出す。
彼が生きる喜びを感じる瞬間。
それは相変わらず不明。
でも私が眩しそうに眼を細めると、彼はハッとしてまた光が強くなる。
どうやら私の反応にも、影響を受けているような……?
そんなことを思っている私に彼は、こんな一言を告げた。
「ただ、シリル様は……アリー様との出会いが、いささか鮮烈過ぎたと思います。あのような姿を16歳という年齢で見てしまうと、どうしても気になってしまうというのもあるでしょう」
それって……と考え、自分のワンピースの身頃を大きく引き裂かれていたことを思い出す。
「そ、それはつまり、私の、む、胸を……!」
「落ち着いてください、アリー様」
落ち着けと言っているランスが輝いているのは、どういうこと!?と、混乱してしまう。同時に、シリルもまた私のあの姿を見ていたと思い出し、全身が羞恥で熱くなる。
「きっかけは体だったとしても、その後の会話で、アリー様の人柄に惹かれたとも考えられますから」
ランスはそう言ってくれるが、しばらく私は真っ赤な状態が続き、彼は何度も輝き、混乱が続いた。