127:いちゃつくなー!
国王陛下夫妻からの褒賞の話が終わった後。
簡易であるが、私の第102代聖女としての任命式も行われた。
これはランスの聖旗判定の儀を行う前に、私が正式な聖女であることを記録として残すのに必要なことだった。私の聖女としてのお披露目は、ニューイヤーの舞踏会。よってこの任命式は、国王陛下と神官長だけの、実にシンプルな書類上の手続きで終わった。
書類にサインをして、聖女であることを示すという羊皮紙を、国王陛下から受け取り終了だ。
こうして国王陛下への謁見と簡易な任命式を終え、宮殿から屋敷に戻ると。
エントランスには、行きと同じメンバーが、お迎えとして待っていてくれた。
ロキは本当に心配そうに、ランスと私の顔を見たが……。
「うん!? どうしたんだ、その笑顔は! それに……それはエスコートではないぞ!? お互いの手の平を合わせ、指を絡ませている……。それは恋人つなぎと言われる、恋愛関係にある者に許される……って、まさか!」
「ロキ。アリー聖女様は、自分の未来の花嫁だ。もう簡単に手出しはさせないぞ」
「な、そうなのか! まさか国王陛下が、認めてくださったのか!」
もうこの後は大変!
ロキはお祭り気分で大喜び。
リリスとララ、他の使用人もお祝いモードで、夕食は晩餐会並みに豪華になった。
翌日は、エルンスト伯爵家の本邸に、報告へ行くことになる。
まさか国王陛下夫妻から、婚約と結婚の許可が出るとは思っていなかったので、ランスの家族は驚き、でも喜んでくれた。
午後、ランスは隊服に着替え、聖騎士団本部へ向かった。国王陛下夫妻にいろいろ進言してくれたクリフォード団長に、御礼と報告をするためだ。
一瞬、私も同行したい……と思っていた。
でもクリフォード団長とランスは、上長と部下として会い、話すことになる。同行したい私は、クリフォード団長に私事に関する質問をしたいだけであり……。
別途、時間を作ってもらおう。クリフォード団長には。
留守番になったロキと、久々に庭園のテラスでお茶をすることにした。
今日は天気も良く、この季節にしては暖かい。
テラスでのお茶も、ひざ掛けがあれば問題なかった。
チェリーピンクのウールのドレスを着た私は、オフホワイトのひざ掛けをふわりと膝の上に広げた。
すっかり怪我も癒えたロキは、セピア色のセットアップ姿で、椅子の上で大きく伸びをしている。
「アリー聖女、俺が思うことを話していいか」
「勿論ですよ、ロキ様」
たっぷりミルクを入れた紅茶のカップをソーサーに置き、私はロキを見る。
「今回、鉄仮面は聖女と結婚する。聖女に心身を捧げている聖騎士としては、聖女ロスだ。……しかもアリー聖女に心酔していた聖騎士を、俺は何人も知っている。きっと王立ローゼル聖騎士団は、これから変わるぞ」
「どう変わるのですか?」
するとロキは、よくぞ聞いてくれたという顔になる。
「聖騎士の婚姻は認められるようになると思う! 聖女ロスで聖騎士が使い物にならないからだ。意中の相手がいるなら、婚姻を認める。だから聖騎士として励んでくれ――そうなると思う。そうなれば……俺は多くの令嬢との恋愛を、堂々と楽しむぞ!」
「え、ロキ様!? 婚姻が認められても、そんな数多の令嬢と浮名を流すなんて!」
「仕方ないだろう。アリー聖女のような女性は、そうは見つからない。この心の隙間を埋めるには、多くの令嬢と楽しむしかない」
ロキが突然真剣な眼差しになり、私を見た。
そうやって真面目な顔になると、ロキは普通にかっこよかった。
真ん中分けされた赤毛の髪は襟足までの長さ。耳には髪色と同じ赤い宝石のピアスをつけている。一重の瞳はたれ目なので、どことなく愛嬌があった。鼻も高く、整った顔をしている。
露出は減ったが、それでも隠し切れない色気とワイルドな雰囲気が漂い、その長い脚を組んでアンニュイな表情をされると……。
少しドキッとしてしまう。
「俺、アリー聖女の情夫でもいいんだけど」「ダメです」「ロキ、許さんぞ!」
「ランス様!」
私は椅子から立ち上がると、テラスに向かって歩いて来るランスに、思わず駆け寄りそうになる。それ気づいたランスが早足で私のそばに来ると、ふわりと私を抱き寄せた。
頼りがいのあるその胸に顔を寄せると、もぎたてのグレープフルーツの香水が、鼻孔をくすぐる。爽やかでいい香り。
ランスは私の頭を愛しそうに撫で、額へキスをすると、「ただいま戻りました、アリー聖女様」と甘く囁く。「おかえりなさいませ、ランス様」と応じると。
「おい、お前ら! 独り身の俺の前でいちゃつくなー!」
ロキがランスと私を引き離そうとして、あっさりランスに取り押さえられている。
クルエルティ・ヴィラン王都襲撃事件を通じ、ロキは戦闘力も高いと実感していた。諜報活動が得意と聞いていたけど、あの四天王のクルエルティ・ヴィランと、激闘を繰り広げたのだから。でもこうも簡単にランスに取り押さえられてしまうと……。
ロキの戦闘力が、低いわけではない。
ランスが強すぎるのだ。
「苦しい……」と唸るロキの首に腕を回したまま、ランスが「そうだ」と、そのターコイズブルーの美しい瞳を私に向ける。
「クリフォード団長が明日、アリー聖女様に会いに来ることになりました。午後、いらっしゃるそうです。自分は明日から、聖騎士団本部に通常勤務。ロキはおいておきますが、クリフォード団長は、アリー聖女様と二人で話したいそうです」
「そうなのですね……! 何の話……ですかね?」
クリフォード団長と話したいと思っていたのに。いざ話せるとなると、なんだか緊張してしまう。
「それは……自分とアリー聖女様が婚約し、結婚することになるのですから。王立ローゼル聖騎士団の団長として、お祝いの言葉を伝えたいのではないかと。それに傷ついた聖騎士を、沢山治癒いただいたことにも、感謝されていましたので」
「なるほど。そのためにわざわざ足を運んでいただくなんて……恐縮してしまいます」
するとようやくランスから解放されたロキが、不思議そうに指摘する。
「アリー聖女、聖騎士は聖女に仕えている。聖女こそが、すべてだ。聖女のためなら、たとえ火の中、水の中。どこでも行く覚悟だ。この別邸に来るぐらい、当たり前のこと。たとえ団長であろうとな」
未だ実感はないけれど。そう言われると私は……聖女だもんね!と思ってしまう。