126:私が欲しいもの
国王陛下から、褒賞として何が欲しいかと問われ、ランスと一緒にいる時間が欲しいと答えてしまった。しかも魔物討伐にランスが出るなら、私も共に行きたいと言ってしまったけれど……。
ドキドキしながら国王陛下の答えを待つと。
「……聖女アリーにとって、こちらの聖騎士のエルンストは、正騎士であることは聞いておる。共にある方がエルンストの持つ力が増し、四天王ランクの魔物を倒せるということも聞いておる」
そこで一息ついた国王陛下が教えてくれたことは……。
「クリフォード団長もまた、部隊を率いて、四天王の一角だった“最悪”と評された吸血蝙蝠型の魔物<ブロッド・バット>を討伐している。だが、それは激闘の末じゃ。どれだけの数の聖騎士が犠牲になったか。でも仕方あるまい。クリフォード団長のそばに聖女はなく、聖騎士のみで、それでも殲滅させたのだから」
そうだったのか。英雄譚として語られているが、そんなに簡単に倒せたわけではなかったのね。でも相手はブロッド・バット。飛行タイプで数も多かった。もしランスと私がいたら、多くの犠牲を出さずに討伐できたと思う。
「聖女アリーと正騎士であるエルンストがいたならば、犠牲なく殲滅できたであろう。……四天王は滅したが、まだこの世界から完全に魔物が消えたわけではない。ならばこれからも魔物の討伐は必要」
そこで国王陛下は、なんだかどこかで見たことがあるような、素敵な笑顔になった。
「クリフォード団長は、神殿と宮殿を守る。正騎士であるエルンストは、聖女アリーと共に魔物の討伐へ出向く。二人のマスターナイトが誕生したら、この体制にするつもりじゃ。よって今、聖女アリーが言ったことは、褒賞にはならぬ」
……!
思わず隣にいるランスを見そうになり、慌てて視線を国王陛下に戻す。
戻した上で、もう思いっきり笑って、目を細めている状態にした。
ランスが眩しくて、眩しくて。
目を開けていられないわ!
そして思いがけず、褒賞として願ったことは、褒賞にすらならずに叶ってしまった。
そうなったら……何を願えば……って、そうなったらもう、願うことは一つしかない。
これこそ聖女なのに。
そんなことを願ってしまっていいのかしら……?
そう思いながら、おずおずと口を開く。
「こ、国王陛下。これはクルエルティ・ヴィランが、私に言った言葉です。『人間は勘違いしているのです。聖女とは純粋無垢でなければならないと。そんなことはない。聖女である前に、この世界にいる時点で、人間であることに変わりはないのですから。人間の本分は……』」
すると国王陛下が手を挙げた。ドキッとして思わず黙ると……。
「『人間の本分は生きること。聖女とて人間として生きることで完成します。ただし、ただの人間ではない。聖女には、生まれた瞬間から相手が定められているのです。それが正騎士。聖女と結ばれることが認められた唯一の人間の男』――報告書にも上がっておる。クルエルティ・ヴィランごときが偉そうに語っておるが、不思議と奴は嘘をついていないようじゃ。この言葉も、その通りなのじゃろうな」
もう心臓がドキドキして、背中に汗が伝うのを感じる。
国王陛下は、私がこれから何を言うつもりなのか、分かっている……のかしら?
「クリフォード団長は、面白いことを言い出しおった。あやつは真面目一辺倒に見えて、なかなか肝が据わっておるからな。世に対しても、平気でずばずば物申す。それでだ」
え、国王陛下、まさか……。
もう眩しくても構わないとランスを見ると、案の定ランスは輝いているが、一瞬見えた彼の瞳は、期待でキラキラしていた。
「聖女が一人の人間として幸せを掴めば、それはきっと良い結果を生むに違いないと。それに三千年ぶりと聞いておる。聖女と正騎士が同じ時代を生き、結ばれることが許される状態になるのは。これで二人が結ばれ、もし子供に恵まれることがあれば。女子であれば、聖女になるかもしれぬ。男子であれば、立派な聖騎士になれるであろうと。かつてない力を持つ赤ん坊が誕生するかもしれない。そう言われてはな……」
国王陛下が隣に座る王妃をチラリと見ると、彼女は扇子で自身の顔を隠しながら、微笑む。
「聖女アリーと正騎士であるエルンストが結ばれることは、国益になりますでしょう。お二人の婚約と結婚は、褒賞にはなりませんね。宮殿の敷地内に、エルンスト公爵の新しいお屋敷でも、建ててはいかがですか」
王妃様の言葉で、ランスがこれまでで一番強く、輝いていた。
「宮殿と神殿のちょうど中間地点には、トッシュ伯爵家の屋敷がありましたが……。アトラス大公国がお買い上げになった廃城がある辺りは、あまりにも土地が広大。周囲に貴族の屋敷が一軒もないのは寂しいと、アトラス大公もおっしゃっていましたから」
王妃が国王陛下を見る。
「おお、そういえばそうだったな。もう魔物はいないと言っているのに。なかなかかの地へ行きたがる貴族はいないが、トッシュ伯爵なら、きっと向かってくれるだろう」
国王陛下のこの言葉には、ビックリだ。
トッシュと言えば、ギャレット・N・トッシュ!
ランスの王立図書館での襲撃事件の黒幕。
部下に罪をなすりつけ、自身は罪に問われないよう上手く逃げたつもりだったけれど……。
国王陛下は知っているのだわ!
きっとこれもクリフォード団長が、国王陛下に話してくれたのよね、きっと。
表立って罰することはできないけれど、悪戯が過ぎる者がいるって。
トッシュ伯爵自体は、悪いことをしていないかもしれないが、息子がとんでもないことをしたのだから。息子であるギャレットは、突然の配置替えに自身の罪を思い、きっと目を白黒させるに違いないわ。
「ええ、それがいいと思いますわ、陛下。トッシュ伯爵にはそちらへ移っていただき、旧トッシュ伯爵家屋敷跡に、エルンスト公爵の新しいお屋敷を褒賞として差し上げるのがいいのではなくて? よろしければ、わたくしの実家であるバブロン皇国の大使館の別邸も、アトラス大公国の大使館の近くに置いていただきたいわ」
王妃様もなんてクールなのかしら!
バブロン皇国とローゼル王国の、友好国としての歴史の長さ、絆の深さは、みんなが知るところ。トッシュ伯爵の屋敷が、アトラス大公国の大使館の近くに移っても、トッシュ伯爵が悪さをできないよう、バブロン皇国の大使館の別邸で、監視をするということだわ。
初めてお会いした国王陛下夫妻は、想像以上に頼もしく、ランスと私は、最高のご褒美をいただけることになった。