125:褒賞
遂に国王陛下夫妻との謁見になった。
玉座に向け、頭を下げ、「顔をあげよ」の国王陛下の言葉に従う。
ゆっくり顔をあげると、そこに見えたのは――。
ローゼル王国の現国王陛下、その名はロッド・ウェルシュ・ローゼル。
黄金で出来た王冠を被り、深紅に白の毛皮がついたマントを羽織り、ゴールドの装飾が施された国衣(王族専用衣装)を着たその姿は、実に堂々としている。
白髪交じりのブルーグレーの髪に太い眉。
濃いグレーの瞳に高い鼻と、きりっとした唇。
若かりし頃は、さぞかしモテだろうという姿をしている。
今も同年代には、彼のファンがいそうだ。
その隣にいる王妃は、国王陛下より、かなり若く見える。
シルバーブロンドに青い瞳で、鼻も高く、ぽってりした唇と、大変魅力的な女性に見えた。国王陛下にあわせた深紅のローブ・モンタントも、実に似合っている。
挨拶を終えると、国王陛下夫妻は玉座に座り、ランスと私は並んで立ったまま、彼の言葉を聞くことになった。
国王陛下はまず、クルエルティ・ヴィラン王都襲撃事件で果たしたランスの活躍、そして私の献身を褒めたたえてくれた。その上で特に、今回ランスが魔物の四天王のうち、三体を討伐したことを踏まえ、異例の褒賞が与えられることになった。
それは……過去に例のない、爵位の授与を行うことを決めたというのだ。
つまり、ランスに対し、公爵位が与えられることが決まった。
これには本人も驚き、とまどいを隠せない。
さらにこれは、私の腕にかかることになっているが。
聖旗を作ることができれば。
ランスに聖旗の授与を試すというのだ。
つまりランスの聖旗判定の儀を行う。
聖旗は聖域を作ることができるが、その分、膨大な聖なる力を込めることになる。
そのため聖旗は、一人の聖女が一度だけ作ることができるものとされてきた。
その聖旗の持ち主になるには、自身の強い精神力と高潔さが求められる。
聖女が聖旗を生み出しても、持ち主となれる聖騎士が、なかなか現れないこともあるという。
でももし私が聖旗を作り出し、ランスがその持ち主になれれば……。
ランスは、マスターナイトの称号を得ることになる!
王立ローゼル聖騎士団の長い歴史において、マスターナイトは常に一人であり、イコール団長だった。よってランスが公爵位を賜ることは、異例中の異例であるが、クリフォード団長がいるのに、ランスがマスターナイトの称号を与えられることも、異例というより異常事態。
だが、この異常事態をクリフォード団長が「それで構いません。それに値する功績を、彼は成し得たのですから」と言ったというのだから……。
これには驚きしかない。
もしランスがマスターナイトの称号を得れば、将来の団長は彼で決定だ。でもこの未来に文句を挟む者なんていないと思う。魔物の四天王のうち、三体を討伐するなんて偉業、打ち立てることはランス以外、できないと思うのだから。
ところがランスはこのマスターナイトの称号を得るかもしれない事態に「四天王を倒せたのは、ここにいるアリー聖女様のおかげです。決して自分ひとりだけの功績ではありません」と国王陛下に伝えたのだ。
ランスは本当に真面目だった。
ここはもう、自分のお手柄です!ということにしてしまってもいいのに。
ランスのこの言葉を受けた国王陛下は「なるほど」と返事をした後に私を見た。意志の強さを感じる国王陛下の視線に、私は背筋が伸び、一気に緊張する。
「聖騎士であるエルンストへの褒賞は、十分過ぎるということが分かった。彼の褒賞と同等の褒賞を、聖女アリーに与える必要がありそうじゃが。どうだろう、聖女アリー。聖女は一体、どんな褒賞を望まれる?」
まさかそんなことを尋ねられると思わず、私は思わず「えっ」と小さく声を出してしまう。ランスも「どうしたものか」と私を見る。
褒賞。
そんなもの、もらったことがない。
それは国王陛下が家臣に与えるもので、名誉だったり、領地だったり、お金だったり、といろいろあると思うのだけど……。
今、私が一番欲しいものって、何かしら?
そんなの深く考えるまでもなかった。
私が欲しいのは……ランス。
でもそんなことを、ここで言っていいのかしら?
いや、私だから言えるのでは?
つい先日まで、ただの修道女だったのだ。
王族や貴族の細かいルールなんて、知らない。
だから口にしてしまった……で、許されると思う。
何せせっかくの聖女なのだ。
聖なる武器の新調もしたいだろうし、「何を言っている!」と罰せられ、断頭台送りになることはないはず。
そう思った私は、国王陛下のその濃いグレーの瞳を見ながら、話し始める。
「聖女という身でありますし、本来、自分から何か欲しがるようなあさましいことは、したくないのですが……。もし、私が欲しいものを、国王陛下が与えてくださるなら……」
そこで国王陛下から視線を逸らし、チラッと隣に座るランスを見る。
彼は「!?」と少し驚いた表情で、私を見た。
「こちらの正騎士であるランス様をおそばに……ランス様と行動を共にする時間を、いただきたいです! ランス様が魔物の討伐に出るのであれば、私が共にあった方が、彼の力は増すとお聞きしています。ですから、魔物をよりスピーディーに討伐するためにも、ランス様と私が共にあることは、理にかなっていると思うのです」
すぐに国王陛下に視線を戻してよかった。
左頬に感じる。
ランスの輝きを。
彼がとても喜んでくれている!
でも、国王陛下はどうかしら……?