124:突然の……
国王陛下からの勅使が、翌日の朝にやって来た。
そしてその日の午後、ランスと私は、国王陛下と謁見することになった。
これにはもう「えええええ」と私は驚愕してしまう。
聖女になれば、国王陛下と会うことは避けられない。
それでも、もう少し段階を踏むと思っていた。
まさかこんなにいきなり!?と焦ってしまう。
「アリー様、大丈夫です。何よりも、自分と一緒なのですから」
そうだ。一人ではない。ランスと共に、謁見できるんだ!
これは大きな心の支えになり、気持ちを落ち着け、準備をすることができた。
初めて着る立襟・長袖の正装のドレス。
リリスによると、これはローブ・モンタントというらしい。
クリーム色のシルクの上質なドレスで、お揃いの色の帽子をかぶった。
お化粧は控えめで、パールのブローチとイヤリングをつけた。
私を部屋に迎えに来てくれたランスは、白シャツにコバルトブルーのクラヴァット、セレストブルーのベストとズボン。そして白革のロングブーツ。クラヴァットの留め具は、彼の瞳と同じターコイズブルーの宝石が埋め込まれており、とても美しい。
「出発できますね」
「はい!」
微笑んだランスが羽織ったのは、袖や裾に金・銀糸で刺繍が施された、セレストブルーのテールコート。
今日は私の護衛としてではなく、聖騎士として正騎士として国王に謁見することから、通常の貴族の正装で謁見に来るように言われていた。その結果がこの姿なのだけど……。
彼のホワイトブロンドの髪との相性も抜群。本当にハンサムな姿に、リリスとララも見惚れている。
マリーゴールド色のセットアップを着たロキは、屋敷で留守番。休暇中なのに。ロキは連日ここに滞在し、すっかり別邸の一員になっている。
エントランスでロキ、リリスとララ、使用人のみんなに見送られ、馬車に乗り込んだ。
馬車に乗るまでは、普通だったのに。
ゆっくり馬車が走り出すと、なんだかランスの様子がいつもと違う。
ぎゅっと私の手を握ったまま、無言だ。
「ランス様、緊張されているのですか?」
思わず尋ねると、ランスは深みのある水色の瞳に、とんでもない悲しみをたたえ、私を見た。
「遂にこの日が来てしまったと思いまして」
「それは……」
「今日の謁見で間違いなく、アリー様には国王陛下より、聖女として正式に神殿へ入ることが求められるでしょう。……いよいよアリー様とお別れになります」
分かってはいたことだけど。
改めてそう言われると、心臓がドクンと反応してしまう。
「厳密には、アリー様はすべての聖騎士が忠誠を誓う聖女になる。自分だけのアリー様ではなくなるだけなのですが……。それに自分も聖騎士の一人ですから、アリー様を想う気持ちに変わりはないのですが……」
切なそうにため息をもらすランスは……見ているだけで、抱きしめたくなってしまう。
「今の聖騎士団には、生きている聖女を知らない者も多いです。よってアリー様を聖女として迎えることで、聖騎士達のモチベーションは、大きく向上すると思います。これはとても良いことです。それでも……」
もう、我慢できなかった。
やはり聖女は、基本的に神殿にいることが求められるだろう。
私は……ランスとこれまでのように触れることはできなくなる。
それが分かったので、隣に座るランスの胸に、身を寄せていた。
ランスは腕を回し、私を自身の胸に抱き寄せる。
それが二人の限界だった。
もう神殿に入れば、こんな風に身を寄せることも、抱きしめることも、できなくなるだろう。
窓から外を見ると。
少し離れた場所に、宮殿の建物が見えてきた。
◇
何度か訪れているが、いつも慌ただしかったので、宮殿をじっくり見ることがなかった。でも、今日は違う。絶対に遅刻はできないので、一時間前に到着するよう、別邸を出発している。
このまま控えの間で、時間まで待機だった。
よってランスにゆっくりエスコートされ、荘厳な廊下を進んだ。
廊下の左側には中庭が見えている。右側のガラス窓からは、舞踏会などが行われる大ホールが見えていた。天井には等間隔で巨大なシャンデリアが飾られ、昼間でも煌々とした明かりが灯されている。
磨きこもれた大理石の床には、中庭から届く陽射し、シャンデリアの明かりで、キラキラと輝いて見える。
天井はアーチ型で、そこはフレスコ画で埋め尽くされていた。
神殿は基本的にシンプルな造り。白亜の大理石の床と太い柱。聖人の彫像が飾られ、見た目の印象は「白」。
対して宮殿はまさに豪華絢爛。天井は飾られた絵画により、とてもカラフル。それ以外はひたすらゴールドの世界。
「こちらが控えの間でございます」
案内された控えの間は、一体何人を待たせるための部屋の中と、感嘆してしまう。諸外国の使節団、三百名程度を収容する部屋なのだろうか?
天井は高く、沢山の窓と鏡が使われ、広さを感じる。壁は白く、黄金の装飾が施され、とても明るく感じた。広々とした天井に描かれているフレスコ画は、一枚当たりの絵のサイズがとても大きい。
壁沿いに並ぶ、一脚当たりいくらするのかという豪華な椅子に座り、呼ばれるのを待つことになった。