123:家族って
アンリから、王立図書館での襲撃事件の顛末を聞いたその日の夜。
ランスとロキと私の三人は。
エルンスト伯爵家の本邸に招かれた。
つまり、ランスの家族と会うことになったのだ!
本当はランスの未来の婚約者として、彼の家族とは会うつもりだった。だが聖女であると分かった今、エルンスト伯爵家の別邸の周囲には、聖騎士が配備されている。国からの公式発表はまだだが、聖女である私の警備は厳重になり、いよいよ神殿に迎えられる日も近いと感じていた。
そうなると、ランスの家族とも、簡単には会えなくなってしまう。
ランスの話を聞くに、彼の家族は彼と同じ。
表裏のない、優しい方々なのだと思う。
純粋に、ランスの婚約者になる私に会いたいと思っていた。でも私は聖女であることが判明してしまった。そのことをランスの家族は喜び、そして残念にも思ってくれたと言う。
せめて一度でいいから、会って話してみたいと言われては……。
会わないわけがない!
何より、こんな素敵なランスを育てたご両親なのだ。
きっと素晴らしい方々に違いない。
そして“両親”を知らない私には、父親と母親は憧れの存在。
……私の母親が、先代聖女かもしれない件。さらには私をあの孤児院に連れて行ったのは、クリフォード団長かもしれないという件。この件について、実はまだランスにさえ、話していなかった。
確固たる証拠があったわけではない。
クルエルティヴィランに言われたことから、推測したに過ぎなかった。
でも私の容姿は、先代聖女アリアナにとても似ていた。それにあのペンダントを、とても手に入れやすい立場にあった。だから私の母親は聖女アリアナ……だと思う。
神殿で暮らすようになれば、クリフォード団長とは会いやすくなる。まずは彼に、確認してみたいと思った。尋ねて「その通りです」と言ってくれるとは思えないが。それでも微妙な表情の変化などから、聖女アリアナが自分の母親かもしれないと確信できたのなら。
ランスにもこの自分の両親の件について、話してみようと思う。
聖女が自分の母親かもしれないなんて。あまりにも大それた考えだった。気安く口にできるものではない。だからこそ、自分の中で確信をもてたら、ランスに話そうと思ったのだ。
「アリー聖女様。今日の夕食会のドレスですが、こちらはどうですか?」
着替えのために、部屋に来てくれたリリスが提案してくれたドレスは……。
まるで一足先に春が訪れたかのようなデザインだった。
身頃とスカートの裾に咲き誇る、立体的な大小の花々。
ドレスの生地が淡いクリーム色なので、飾られている花は、実にカラフル。
ピンク、パープル、ライトブルー、イエローと実にロマンティック。
ドレスとの花とお揃いの髪飾り、イヤリング、ペンダントもあると、ララが教えてくれる。
それならばこのドレスに決定ね。
ということで早速着替えを行い、髪をアップにし、お化粧をして、アクセサリーも身に着けた。
鏡に映る私を見て、リリスもララも「とてもお綺麗です~」と喜んでくれる。自分でも「本当にすごいわ」とため息が出てしまう。
先月の今頃の私は、ただの村はずれの修道院の修道女に過ぎなかったのに。
こんな素敵なドレスを着ることができるなんて!
美しいドレスを着て、笑顔でいられる令嬢だったら。
ランスとも婚約し、結婚して……そう、彼が言っていた魔物ハンターにでもなり、世界中を旅していたかもしれない。でも私は聖女なのだ。神殿にこもり、魔物を感知し、討伐は聖騎士に任せる。
ランスとは……。
ずっと一緒にいるのは無理だろう。
ランスも魔物討伐の任務に就くはずだから。
贅沢なことを考えてはいけないわ。
ちょっとでも会うことができれば。
それで我慢しないと。
「アリー様、準備はできましたか?」
扉がノックされ、ランスとロキが迎えに来てくれた。
ランスは、サファイアブルーのテールコート。
白シャツに合わせた、ミッドナイトブルーに白の水玉のタイが、ワンポイントになっている。シルバーグレーの光沢のあるベストも、とってもオシャレ!
サラサラの前髪を真ん中分けにしている姿は、初めてみた。なんだかいつもと違う雰囲気に、ドキッとしてしまう。
一方のロキは、赤髪にあうアンティークゴールドのテールコート。
クリーム色のシャツに、ブロンズのシルクサテンのベスト。無地のオリーブ色のタイに飾られたゴールドのピンは、なんとウサギの形! こんな可愛いらしい装飾品をつけるなんて。
ロキの意外な一面を発見だ。
「エルンスト伯爵家の夕食会に招かれるなんて、光栄だ! エルンスト伯爵は、美食家で知られるから。アリー聖女様。期待していいぞ!」
ご機嫌のロキが私の左手をとり、ランスは私の右手をとる。
二人の男性からエスコートされるなんて、初めてだ。
「聖騎士団に伝わる書物によると、聖女のエスコートは、こうやって二人の聖騎士がするのが伝統です。聖女をエスコートしたいと考える聖騎士は、沢山いますから。行きと帰りで、エスコートする聖騎士が変わることも、当たり前と書かれていました」
聖騎士が心身を捧げる聖女。
彼らはみんな、聖女にゾッコンの状態なのね。
そしてランスもロキも、生きている聖女は私が初。
こうしてランスとロキにエスコートされ、エルンスト伯爵家の本邸に向かい、エルンスト伯爵夫妻、兄弟とその婚約者に会った。
率直な感想。
想像していた通り。
みんな優しい方だった。
ランスの父親は彼に似て、とってもハンサム! 将来、ランスはこんなダンディな男性になるのね、と、楽しみになってしまう。穏やかでニコニコして、とても優しい。
母親はおっとりとして「あらあら」が口癖で、年齢よりうんと若く見える。「お口に合うかしら?」と気を使ってくれて、とても親切。
お兄さんは母親似で、性格も男性にしてはおっとりしている。婚約者もほわんとした感じなので、二人の会話はとても牧歌的だ。
弟さんは父親似で、少し気が強い感じ。婚約者も少しツンとしている。でも二人とも意地悪なわけではなく、楽しく会話できた。
ランスの家族と夕食を共にして思ったこと。
それはただ一つ。
家族っていいな。
自分に家族がいないからなおのこと。
ないものねだりなのかもしれないけれど。
彼らと家族になれないのは残念だと、心から思ってしまった。