122:もう一つの事件
クリフォード団長の証言を含めた、神殿からの報告を受けた国王陛下は、聖女に関わる要職者を集め、会議を始めた。
会議は丸一日かけ行われることになり、ランスと私は、彼の別邸で待機だ。
その別邸にやって来たのは……隊服姿のアンリだった。
アンリはすっかり馴染みの聖騎士になっていた。
「皆さんの関心は今、アリー聖女様と正騎士であるランス様のこと、クルエルティ・ヴィラン王都襲撃事件のことでしょう。ですがね、地味に解決した事件があるのですよ。クリフォード団長の指示で、その報告で伺いました!」
応接室でアンリと向き合う形で、ソファに座った。
私の隣に座るランスは、いつでも神殿なり聖騎士団の本部に行けるよう、アンリ同様の隊服姿だ。アイアンブルーの隊服は、襟や袖に美しい銀糸による刺繍があしらわれている。飾りボタンには、聖騎士団の紋章が繊細に彫られていた。
私は、彼の隊服を意識し、白地にアイアンブルーのレースが飾られたドレスを着ていた。
「地味に解決した事件……それはもしや自分の王立図書館での襲撃事件か?」
「! さすがランス指揮官! その通りです」
アンリは前のめりになりながら、笑顔になる。
もうランスの指揮下で動いているわけではないのに。アンリは親しみを込め、ランス指揮官と呼ぶことが多い。
「……ギャレット・N・トッシュか?」
ブラックティーを口に運び、上目遣いでアンリに尋ねるランスは。
なんだかとても妖艶なのよね。
上目遣いのランスは!
「そうですね。黒幕は。でもトカゲの尻尾切りですよ。トッシュ様の指示を受けたとは、口が裂けても言えない。ただ生意気なランス様に、ちょっと悪戯をしてやろうとしただけだと」
ギャレット・N・トッシュ。
王立ローゼル聖騎士団の聖騎士であり、グランドナイト。そしてトッシュ伯爵家の次男。
立場や身分がランスとそっくりであるからか。
トッシュはランスのことを、ライバル視するきらいがある。
ロキからこっそり教えてもらったのだが。
私が聖女ではないか!と大騒ぎになった時。
王都から村まで私を迎えに行く任務。
それはランスが就くはずだった。
だが。
もし私が聖女であるならば。
いち早く顔を売り、媚びを売っておきたいとトッシュは思ったのか。
ともかく。
王都から遥か遠い田舎の村に、ランスがわざわざ出向く必要はない。
そんな面倒な任務は自分が請け負うと……トッシュは申し出た。
ランスは、無用な争いを好まなかった。
聖女を迎えに行くことに、こだわりはない。
善意の申し出をしている……というアピール全開のトッシュの提案を断れば、間違いなく遺恨となる。だからクリフォード団長とも相談し、トッシュに聖女候補の迎えは任せた――という経緯があったのだ。
そんなトッシュが、王立図書館での襲撃事件の黒幕だなんて!
襲撃犯は、限られた人物しか知りえない情報を元に、動いたと思っていたけれど……。
まさか同じ聖騎士、しかもグランドナイトで伯爵家の人間なのに。
自身の部下を操り、そんな悪さをして、でも本人は罰せられないなんて。
ヒドイと思うものの。
聖騎士は、誰もがなれるものではない。
騎士として、まず秀でていること。
聖なる武器を扱えること――聖女に認められることも、必要となる。
トッシュは聖なる武器を扱えるのだから、聖女に認められているのだ。
でも聖女に認められたトッシュは、ランスをライバル視する前の彼だと思う。
今の私だったら、絶対にトッシュのことを認めないわ!と思うけれど。
「それで自分が首謀者だと名乗りをあげたのは、誰なんだ?」
ロキが問いかけると、アンリは、よくぞ聞いてくれました!という顔で即答する。
「聖騎士であり、シングルナイトのユーズド・エルンネス。エルンネス男爵家の五男です。デービス特別司書官を脅した女性は、ユーズドの婚約者で、銀行家の娘。平民ということで、宮殿の舞踏会に顔を出すこともなかったので、デービス特別司書官も知らない顔だったと思われます」
「デービス特別司書官の家族に、手を出したのは?」
ランスが問うと、アンリは紅茶と一緒に出されていたチョコレートをパクリと食べ、すぐに答える。
「デービス特別司書官の奥様や娘さんに近づいた騎士もどきは、この婚約者の知り合いだったそうです。そして婚約者の父親は、貴族との交流をはかるため、頻繁に狩猟会を開催していたとのこと。使われた薬草も、そこで用意したものかと」
「なるほど。大きな騒ぎになったが、自分は大怪我をしたわけではない。ユーズドとその婚約者、その知り合いは罪に問われると思うが、そこまでではないだろう?」
ランスがその長い脚を組み、ソファの背もたれにその体を預ける。
「国王陛下は目下、別件でお忙しいですからね。彼らの処分は、クリフォード団長に一任されました。死人も出ていませんし、大怪我もない。何かと活躍し、目立つランス様への嫉妬心からの嫌がらせ。でも悪戯というには……。殺意はなかったと言っても、シャドウマンサー<魔を招く者>という隠れ蓑を使うのは悪質と、クリフォード団長は判断しました」
そこで再び前のめりになったアンリは、少し怖い顔をして打ち明ける。
「ユーズドは除隊です。エルンネス男爵家は爵位剥奪。婚約者とその知り合いは投獄され、その父親は、銀行をクビになりました」
「!? そこまでの厳罰を? 謹慎処分と罰金刑ぐらいかと思ったが……。しかも裁判は?」
今度はランスが思わず前のめりになって、アンリに尋ねた。
「ランス指揮官は、事件当時と今では立場が違います。何せ聖女にとっての唯一無二の正騎士ですからね。裁判を待つまでもなく、国王陛下の権限で、クリフォード団長の求刑が許可されました。こんなの異例ですけどね」
ニコニコ笑うアンリは、ソーサーを手に、カップを口に運ぶ。
「でもこれでトッシュ様は、肝を冷やしたと思いますよ。ランス様と自身の立場は、全く違うものになったと。正騎士に仇を成すことは、国を敵に回すに等しいと。それを示す意味での厳罰だったと思います」
トッシュの嫌がらせが止むなら、それに越したことはない。
私としても、大切なランスには、危険な目にあってほしくないのだから。